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アイルランドひとり旅

11月上旬、2週間程アイルランドとイギリスを独りで旅をして来た

 きっかけは、私は、旅をする前に、その土地について多少の知識を仕入れて出かけるようにしているのだが、以前、津軽や佐渡に行く際、司馬 遼太郎の「街道をゆく」シリーズの本を読んでいた時に、同じシリーズの「愛蘭土紀行」の表紙の写真が目に留まったことだった。これは数年前のことで、ダブリンのトリニティ大学の図書館の内部の写真だったが、非常に歴史を感じる写真だったので、その後、その本を購入して読んでいるうちに、アイルランドの国の成り立ちと言うものに興味を持つようになった。宗教を軸としてアイルランドがイギリスに蹂躙されて来た歴史と、そこに住む人々に勝手にシンパシーを感じ、また、ドルイド教の痕跡も残しつつキリスト教のベールを被ったような精神文化と自然、気候、そのようなものにも惹かれるようになった。また、最近私の所属する写真倶楽部の講師の先生が主宰する映画教室で、ロバート・フラハティ監督のドキュメンタリー映画「アラン(Man of Aran)」が取り上げられ、それを視聴して、厳しい自然に立ち向かって生きている人々に強い印象を受けたこと、さらに、アイルランドは人口は数百万人程度なのにノーベル文学賞受賞者の数が非常に多いことがわかり、ジェームス・ジョイスの「ダブリナーズ」などを読んだ。さらに、アイルランドの国民的音楽家としてTurlough O’Carolan(ターロフ・オキャロラン)と言う人がいることを知り、その典雅なIrish harpの響きにも魅せられたりして、行きたくなったので、多分私の最初で最後となるであろう海外独り旅を敢行することにとした

 目標を下記の4点に設定した

  1. アイルランドのアラン諸島のInishmore(イニシュモア)島で、Dun Aengus(デューン アンガス)、Black Fort等の崖を訪ね、その道すがらの風景を探訪する
    • まずアイルランド Inishmore島に入り、映画「アラン」に現れている風景の中を歩き、空気に触れたい。その中で、島のキリスト教、あわよくばドルイド教の残渣、妖精の気配などを感じたい
    • Irish harpは無理だがリコーダーを持参して、崖で一人Turlough O’Carolanの曲を奏するのも乙なものではないかと(そのために採譜までした)
  2. アイルランド本島のCriffs of Moher(モハーの断崖)を訪ね、その周辺のTrailを歩き、風景を探訪する
    • Galwayからレンタカー等を使ってCriffs of Moherまで行き、その周辺のTrailを歩いて、探訪したい
  3. アイルランドのDublinで、ジェームス ジョイスの「ダブリナーズ」に出て来る掌編の舞台を探訪する
    • ジェームス・ジョイスの「ダブリナーズ」の中の「小さな雲」の主人公、リトル・チャンドラーが歩いた場所をトレースし、その時代の記憶を探したい
  4. イギリスのCotswolds(コッツウォルズ)で、Foot Pathを心行くまで散策する
    • イギリスでは、牧草地等の私有地でも部外者が自由に通行することのできるFoot Pathが整備されていると聞く。Cotswoldsの「最も美しい村」と言われている家並もそうだが、イギリスのなだらかな起伏の、緑滴る野原を一人存分に満喫したい

 時期は、本当は自然が牙を剥き出す真冬の完全なるシーズンオフで、全く人のいない状況が良いのだが、Inishmore島の宿が冬季休業に入ってしまうので、そうなる前のぎりぎり11月上旬に設定した

 宿、移動その他はWebと電話で自分で手配した

 旅行にあたり、下記の書籍、資料を読み、準備した
– 【書籍】「街道をゆく 30 愛蘭土紀行 I」, 司馬 遼太郎 朝日新聞出版
– 【書籍】「街道をゆく 31 愛蘭土紀行 II」, 司馬 遼太郎 朝日新聞出版
– 【書籍】「ガリバー旅行記」ジョナサン・スイフト著 原民喜訳 青空文庫
– 【書籍】「ダブリナーズ」 ジェームス・ジョイス著 柳瀬 尚紀訳 新潮文庫
– 【書籍】「アラン島」 ジョン・ミリントン・シング著 姉崎 正見訳 Web版 ↓
(https://yab.o.oo7.jp/Aran%20Is%201.html)(https://yab.o.oo7.jp/Aran%20Is%202.html)(https://yab.o.oo7.jp/Aran%20Is%203.html)(https://yab.o.oo7.jp/Aran%20Is%204.html)
– 【書籍】「地球の歩き方 A05 愛蘭2005~22006年版」地球の歩き方 編集室編 地球の歩き方
– 【映画】「Man of Aran」Directed by Robert J. Flaherty
https://www.youtube.com/watch?v=9RSlebOCp0E
– 【音楽】Turlough O’Carolan’s Ramble to Cashel
https://www.youtube.com/watch?v=VpbGTaCakAY&list=RDVpbGTaCakAY&start_radio=1
<楽譜> 自分で採譜

 悪乗りして旅のパンフレットまで作成した(ドヤ顔工作枠)。使っている写真は帰って来てから自分で撮ったものに差し替えている

 「有名な何処かに行って有名な何かを見る」のではなく、限られた日数、場所ではあるが、ミステリアスなアイルランドの自然、人、文化、歴史、そういうものをひっくるめたアイルランドについて自分なりの見方を得ることが主眼である。有名な場所を目標とすることはあるが、そこに行きつくまでの何気ない風景、事物にむしろ主眼を置く。私の写真ブログ「んねブラ」に、一連の旅の写真を掲載するが、それぞれについての感想、キャプションは基本的に付けない。旅を終えた後、自分が何を感じて、どのような見方を得たかについて、可能であればこのブログに纏めたいと思っている

2025/11/20
んねぞう

ndaznnez.com 15周年

気が付いたら2005年にこのDomain名ndaznnez.comを取得して15年が経っていた。以下は記念のWhoisの画面ショット

開設当時はndaz . comとかnnez . comなどが欲しかったが既に使われていたので、ndaznnezとした。商業組織でもないのに.comで良いのか調べたりした。その後.jpとか日本語.jpとか、様々なTLD(Top Level Domain – 自分でもわからなくなった時の備忘)が発生しているが、今はこのドメイン名に愛着がある。それと同時にサーバーもレンタルして、いろいろ試行錯誤してここまで来た

因みに似たようなドメイン名がどうなっているか調べてみた

ndaz . com 取得済 売り物
nnez . com 取得済 売り物
ndaz . net 他の人が取得済 Blog運用中
nnez . net 未取得
ndaznnez . net 未取得
nnezndaz . com 未取得
nnezndaz . net 未取得

そして、近年ドメイン名の一部が似通っていて「ん?」と思わせたライブスポーツオンライン配信サービスdaznだが、この .net版は取得済だった。検索した先で”Experts in Global Domain Management and Online Brand Protection”とあるので、類似のドメイン名を予防的に取得しているのかと想像している。サイバースクワッティングという言葉があるが、昔J-Phoneの携帯電話を使っていた時にJ-Phoneで検索すると、何かちょっと違うんでないか?というような内容のHPに行き当たったが、後で、ああこれがそうか、と思い当たったりしたな

さて、自分のドメインに戻って、今日現在の運用内容についてまとめておく。

書き込み件数(主なもの)

このBlog 538件
写真ブログnneblur 209件
People I met in India (B&W) 280件
People I met in India 129件
Murphy’s law calendar 4,697件
計 5,853件

ディスク使用容量 40.88GB

ファイル数 約90,000

15年間自分一人でこつこつと書き溜めて来た、質はともかくこの量、多いのか少ないのか…

とにかく、自分のドメインを持っていて、サーバ(レンタルだが)を運営しているという密やかな誇りを持ち、そしてサーバの設定、ソフトの設定、コンテンツを作成していじくること、それらすべてをマイペースで、楽しく、辛いときはしばらく放置し、というスタンスでやって来た。この10年は、写真に嵌り、そして昨年からは文芸同人誌に加入させていただき、勢い「表現」の場としての比重が高くなってきている。自分の撮った写真、捻り出した文章、そして明らかに何の役にも立たないもの、しなくても良いものの集積で、これらが人に見られようが見られまいが構うことはない、自分は自分の表現したいことをただ発表する、そのことが、自分をかなりの程度開放してくれている、ということを、今改めて思う。

2020/10/05
んねぞう

文明の終焉

いきなり物騒なタイトルで始めてしまった

昨年亡くなった身内の一周忌を昨日、菩提寺で執り行って戴いた。本当は5月が命日なのだが、コロナウイルス蔓延のために延期して、さらに親族一同が集まって、法要の後は会食、という通常の形式ではなく、本当に限られた少人数で、本堂ではなく、墓前で読経して戴き、それで解散という形式となった

感染防止のために参列者はもちろん導師もマスク着用という異例の光景となった。その時のスナップ写真を撮ったが、帰ってきて見直して、これまで普通に思っていたことが、普通でなくなったということとして大きく心に迫ってきた。私はこのような光景を異様(ことざま)と呼ぶ

100年、200年後に、我々の生きた時代を研究する近代史研究家がいたとして、この写真を発掘した時、すでに失われてしまった習俗、景色から、一つの文明の終焉の契機として見ている情景を思い浮かべる

数年前に東京都写真美術館で、杉本博司 「ロスト・ヒューマン」を観覧した時の記憶が蘇って来た

2020/10/05
んねぞう

05

10 2020

写真の写真を撮る

今年の誕生祝いに、奥さんから何が欲しいか聞かれたので、以前図書館で借りた本で小島一郎の写真集を自分のものとしたかったことを思い出してプレゼントしてもらった。これを。折に触れてひっくり返して見ているが。以前安いプリンタに付属しているスキャナで、気に入ったページをスキャンして、これを自分のiPadに入れて見ていたのだが、このスキャナの最高の解像度(多分1200dpi)でスキャンしてもモアレ縞が酷かった。モアレ縞の発生しない最適な解像度があるのかどうか知らないが、写真集が自分のものになった今、気に入ったページの写真をカメラで撮影しようと思い立った

カメラは、自分の手持ちのカメラの中では、経験上条件が揃えば良い(くっきりした)描写をするOlympus E5と14 – 54mm(35mm判換算28 – 108mm)の標準ズームレンズ。本当は別に持っている50 – 200mmズームが使えればもっと良いのだろうが、引きが取れないので。距離的にはこの標準レンズの望遠端でちょうどページが収まる感じだ。Olympusでは50mmマクロの評判が良かったので、これで撮れば理想的なんだろうか

三脚でカメラをセットし、ページがめくれないように紙クリップでページを固定する。紙の腰が強いので、しっかり押さえなければページが盛り上がって画像が歪むが、あまりぎちぎちに抑えると製本が壊れそうになるので、そこの折り合いをつけながら

照明は、昼間は窓からの外光と室内の蛍光灯の照明、そして補助として100円均一ショップで買ったLEDライト。部屋が通りに面しており、お向かいの家の外壁が純白で、反射が強いので雨戸で少し遮って。紙面はコート紙で光沢があるので照明の反射を避けると変な角度になって狭い部屋で三脚の足の置き場に困ったり、その結果人間が変な格好で撮影をすることになったりすることをクリアしながら撮影

ライブビューで拡大しながらピントを合わせ、ミラーアップ機能を使って極力振動を減らし、シャッターボタンを押したらシヤッターが切れるまで息を止めて、そのままの姿勢でフリーズ

その結果、以前スキャンしたよりは大分ましな結果になったが、3つ課題があった

一つ目は歪み。レンズの収差からくるものと、写真集の位置決めが甘いことと、どうしても紙面を正確に平面にすることができないため発生する。ここはもうあきらめてLightroomの修正機能(水平、垂直方向歪み補正、回転)をフルに駆使して、妥協できるレベルまでもって行く

2つ目は色調。撮った写真と写真集を比べると、照明の影響もあるのだろうが、見た目がどうも違う。原画は白黒写真とはいえ大分セピアがかかっている。これもLightroomの彩度、色温度、色かぶり補正機能を駆使して妥協できる範囲まで追い込む。大体彩度を+20、色温度を+250~500°位上げ、色かぶりを+5~10程度の組み合わせで何とかなった。セピア調にするのに、色温度を上げ、そして色かぶりを緑に寄せれば、それらしい雰囲気になることが分かったのは収穫だ

最後はモアレ縞だが、何枚かの写真で発生した。これは流石のLightroom様でも如何ともし難く、再撮影した。絞りを変えたり、ほんの少しピントをずらしたりして撮影したところ、まずまず妥協できるレベルにはなった。前回と微妙に被写体との距離が違うことも功を奏したのかも知れない

写真の写真を撮ること一つを取ってもなかなか奥が深い。縦横、水平垂直を如何に正確にとるか、照明、色調、モアレ縞の問題それぞれに気を配って撮影されていることがわかる

これからjpegに変換して、iPadのフォトアルバムに1枚ずつ登録して行く作業、スライドショーを作る作業が待っている。楽しみながら少しずつやって行きたい。

※ 本稿では当初小島一郎氏の写真集の中から1枚の写真の一部を切り取り、作業のプロセスの紹介に使おうと思いました。これは小島氏の写真の芸術的価値を損ねる意図は毛頭なく、飽くまでも私のやったことの説明が目的ですが、たとえ一部であっても公衆送信権の問題もありそうで、掲載は控えることとしました。もしこの記事をご覧になっている方がおられましたら、一体何のことだかわからない記事となりましたこと、お詫びいたします。なお、撮影した写真は私個人で楽しむ目的ですので著作権法上は問題ないと判断しています。因みに当該書籍は「小島一郎写真集成」青森県立美術館監修、(株)インスクリプト、2012年12月10日初版第5刷です

2020/09/27
んねぞう

津軽旅行記

真冬の2月に、何回目かの津軽に出かけた。今年は現地の雪が少なくやきもきしていたが、1週間前になって雪が積もり始めてくれた。

今回の旅の目的は3つ

  1. 写真家 小島一郎の幻影を追うこと
  2. 五能線沿線の海岸を1か所で良いから歩くこと
  3. 津軽三味線の始祖 仁太坊の生まれた場所を訪れること

写真家 小島一郎の幻影を追う

津軽を代表する写真家 小島一郎の足跡を辿って、車力、十三湊を歩き、津軽の冬の景色を撮る。昨年初めて小島一郎の写真集を見て、津軽の感じ方に間違いはなかったように思っている。小島の写真の特徴は、雲、そして雪の描写にあると思う。雲は覆い焼きの技法によって劇的な表情を見せ、雪は、束の間顔を見せた陽光によって、橇跡が硬くなって鈍く光を反射している描写が私には強く印象に残った。また、吹雪の中、角巻を纏って歩く婦人、同じく吹雪の中で佇立する電柱で一つ灯っている裸電球。これらの残像を脳内に保ち、 「また来たじゃ」と心の中で呟きながら カメラを握って歩いた。歩いたとは言ったが、限られた時間内で鉄道の便もないので、レンタカーを駆って歩いたのだが。小島の時代からすでに60年の歳月が経ったので、当時そのままの景色が残っている由もないが、幸い吹雪いてくれたので、それらしい雰囲気にはなったと思っている。

来島海水浴場
アイスバーンの道を抜けて開けた駐車場に止めた車から降りると、よろけそうな風にあおられる。見る見る間に露出した顔と手から体温が奪われ、手はかじかみ、口は回らなくなって、「まみむめも」は「もぁむぅぃんむぅむぅぇんむぉ」となってしまう。斜面に生えている草は風によって完全に斜面に撫で付けられてしまっている
十三湊の凍結した明神沼
しゃりきサンセットドーム近くの海岸にて
スーパーで見つけて買って来た地酒。十三湊は昔、安藤(東)氏の拠点だったことに因んだのだろう

五能線沿線の海岸を歩く

ここでは、五能線の深浦駅で下車し、行合崎を目指した。

五所川原駅に入線して来た列車
雪の上に落としたわけではない。海岸を歩くと横殴りの雪がこのようにレンズにこびりつく。溶けないので、水となってレンズの中に侵入しないので助かる。後でこの写真を見て、手振れ補正機能がOffになっていることに気が付いて慌てた。しかし雪の中では手振れ補正が必要なほどシャッタースピードを落とす必要はなかったので一安心
駅を出て国道を北に歩く。現地に着くまでは、国道を歩けるか心配だったが、歩道の上に積もっている雪は浅く、楽に歩くことができてほっとする。東北南部の豪雪地帯では、車道の除雪に手いっぱいで歩道まで手が回らず、やむを得ず車道を歩かなければならないことがあるが、身の危険を感じる。もっとひどいときは、雪が解けた水を車が跳ね上げて走るので、とても歩けた状態ではなく、泣く泣く目的地に行くのを諦めたこともある
今日の晩はこの地酒。一昨年竜飛に来た時も飲んだな

津軽三味線の始祖 仁太坊の生まれた場所を訪れる

これが今回の旅の最大の目的である。岩木川の畔、神原に生まれた仁太坊を記念した石碑を目指し、その場所の雪を踏み、風に吹かれること。

これがその石碑。この近くで仁太坊が生まれ、そして津軽三味線が発祥したのかと思うと、感慨深い
お土産に買った津軽弁のピンバッジ。「No.」のも欲しかったがなかった。地元の方に聞いたら「ま(ぃ)ね」と言うらしい

この時の写真はんねブラに掲載しました

車力-Feb.2020:写真家 小島一郎の幻影を追って

深浦-Feb.2020

金木-Feb.2020:津軽三味線の幻影を追って

2020/02/10
んねぞう

「破滅型」の作家 葛西善蔵

2月に津軽に旅行を計画しており、津軽に関する資料や小説などを読んでいる。太宰の「津軽」をおおよそ読み返し、昨年2月に佐渡に行った際に司馬遼太郎の「街道をゆく」を読んだのを思い出し、同じシリーズの津軽に関する本をKindleで購入して読んだ。その中で太宰の「津軽」の引用が随所に見られ、これを引き当てた形での記述がある。また、その中で弘前生まれの葛西善蔵という作家が存在することを知った。一昨日から風邪を引き、今日の土曜日は一日外出せず家に垂れこめていたので、この作家の「哀しき父」、「おせい」、「子をつれて」、「蠢く者」を青空文庫で読んでみた。

破滅っぷりがひどい。葛西の小説を読んだ後だから言えることだが、太宰の破滅ぶりは、天邪鬼が、人の行く方向とは逆に、あたかも夏の小虫が祭りの松明に誘われてふらふらと近づいて行くような、「おいおい、そっちじゃないよ」とでも言いたくなるような風情が、まだある。葛西の場合は、例えば「子をつれて」の場合は、妻が金策に郷里に行っているが、刻々と家の立ち退き期限が近付いているのにもかかわらず、知り合いのKのところに金の無心に通うだけで、いよいよ当日になっても立ち退き先が決まらず深夜に子連れで電車に乗っているところで話が終わる。一体どうすんのよ、と言いたくなる。

持っているものを売ってしまい、売るものもなくなって友人から借金も借り散らした挙句いよいよ窮して最後の頼りに金の無心にKを訪れた「彼」に、Kはこう語る。

「……そりやね、今日の處は一圓差上げることは差上げますがね。併しこの一圓金あつた處で、明日一日凌げば無くなる。……後をどうするかね? 僕だつて金持といふ譯ではないんだからね、さうは續かないしね。一體君はどうご自分の生活といふものを考へて居るのか、僕にはさつぱり見當が附かない」
「僕にも解らない……」
(略)
「フン、どうして君はさうかな。些ちつとも漠然とした恐怖なんかぢやないんだよ。明瞭な恐怖なんぢやないか。恐ろしい事實なんだよ。最も明瞭にして恐ろしい事實なんだよ。それが君に解らないといふのは僕にはどうも不思議でならん」
(略)
彼にはまだ本當に、Kのいふその恐ろしいものゝ本體といふものが解らないのだ。がその本體の前にぢり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたやうに刻々と陷沒しつゝある――そのことだけは解つてゐる。けれどもすつかり陷沒し切るまでには、案外時がかゝるものかも知れないし、またその間にどんな思ひがけない救ひの手が出て來るかも知れないのだし、また福運といふ程ではなくも、どうかして自分等家族五人が饑ゑずに活きて行けるやうな新しい道が見出せないとも限らないではないか?――無氣力な彼の考へ方としては、結局またこんな處へ落ちて來るといふことは寧ろ自然なことであらねばならなかつた。

葛西善蔵「子をつれて」 青空文庫 図書カードNo.51221

彼の著作はすべてが本人の実人生だという。「表現」の渇望をドライビングフォースとして、 経済的な準備もなく妻子を伴い東京に出たものの、健康にも恵まれず、赤貧洗うがごとき生活で知り合いから寸借生活を続けて、このままではいけないとは思いつつ、なぜいけないのか、その恐ろしさは朧気ながらわかってはいるが行き着くところまで行ってみることを、積極的には肯定しないにしろ、それがむしろ自然なことであるというのだ。

俗世間的に言えば、Kの言い分が正しい。また、父親の香典返しのお茶の鑵を彼に発送するにあたり、憎しみを込めて凹ませて送ったYのような人間も、世間が味方するだろう。

私は勤め人生活が長く、人のことを斟酌するのに幅が狭いので、「言っていることはわかるけど(実のところわかっちゃいない)、まあ、あの人はああだから…」と、できるだけ関係を持たないようにするだろうと思う。 私には、この上記二者の間をどのように考えればよいのか、「彼」の考え方をどう飲み下せばよいのか、考えが纏まらない。

上述の司馬遼太郎の「街道をゆく」では、葛西についてこのように書き記している。

本来、 小説的情景は作家が想像のなかでつくりだすものだが、かれは実際に生きてみて、ナマ身で情景をつくりだした。人生の破綻こそ〝 芸術〟への出発だ、とこの人はいう。

司馬遼太郎. 街道をゆく 41 北のまほろば . Kindle 版. 以下同様

さらに、太宰が弘前高校に入学した早々に書いた英文の作文で、太宰は

〝葛西善蔵はいまの日本でいちばん不幸な作家である〟

とし、

「ほんたうの幸福とは、外から得られぬものであ つて、おのれが英雄になるか、受難者になるか、その心構へこそほんたうの幸福に接近する鍵である」

と書いているそうだ。さらに、司馬は、石坂洋次郎と葛西の交友にも触れた後、こうも書いている。

津軽人石坂あるいは太宰にとって、葛西善蔵は、芸術上の聖者か殉教者のような存在だったのである。

ここまで書かれると、多少なりとも津軽を理解したいと思っている私としては「まあ、あの人はああだから」と乙に澄ましてもいられず、少しは真面目に向き合わなければならなくなる。何だか重い宿題をもらった気分だ。

P.S.

今、一つ思ったことがあるので、断片的ではあるが書き出しておきたい。葛西と太宰の 破滅傾向のパースペクティブについてである。太宰は作家としての活動を始める前に、既に葛西の作品に触れていた。そののち著作活動を進めるにあたって、「東京八景」では自分の生活、社会的な立場がじりじりと破綻に近づいてゆく状況を、克明に、しかもその刹那刹那の状況に、腸(はらわた)がこわばってゆくような感覚と同時に、その破綻への近づき方の微分係数が微小な(微小かどうかは実際わからないが、一種の麻痺状態として)故の、そして自分の見込み通り傾向が悪くなっていることを確認できていることに対する、逆説的な安堵感をもって描写されている。この様子と葛西の作品を比べてみて、太宰が、津軽人特有の含羞を持っている人間として捉えると、自分は裕福な、地方の有力者の家庭で、経済的には何不自由なく育ち、東京の大学にも通った身である。それに引き換え、葛西は自分の芸術に対する理念に徹底的に忠実であるということを明確に意識しており、太宰は始終このことに負い目を持っていたのではないか。自分は不徹底な人間である、その不徹底な人間がこんな小説を書いて、頭の中の別の自分が「へえ、芸術家ってのは、例えば葛西善蔵みたいなものを言うんだと思っていたけど、ほう、あんたも芸術家なの。へえ、そうなんだ」と何かあるごとに頭を擡げて来る、そういうような意識を常に持ち続け、それが彼の生涯を通じた創作の底流にあるような気がする

2020/01/11
んねぞう

ハレーション

年末にあるところで写真を撮っていた際に、曇り空を背景にして撮った際に、ある異変に気が付いた。ハレーションがひどい。

雨降りだったのでレンズのフィルターに水滴が付いたせいかと思って拭いたが解消しない。内部で結露?そんなことはない。ずっと寒い屋外にいたのだから。レンズを外してみたが、ミラーに曇りがあっても影響があるわけではないし、撮像素子にごみが入ってもこんなぼやけたハレーションが発生するのだろうか。ああ、また修理に出さねばならないのか…

2019/12/30
んねぞう

30

12 2019

2020年版一年中休みカレンダー

根が怠惰なものだから、1年中休みたい。そのための理由を考えて、カレンダーにしてみた。真面目で勤勉な方は、時間の無駄なので、見ないでください。

◇ 一年中休みのカレンダー ◇

自分でも何やってんだか、とは思いますよ、えぇ…

2019/12/22
んねぞう