んねブラとレンズ
昨日紅葉を撮り、んねブラに掲載した。荷物の制限で35mmフルサイズ機には標準ズーム(24 – 105mm)しか持って行かなかったが、広角側で、雲一つない青空を撮った写真で周辺光量落ちが目立ち、修正が必要だった。と言うことで、価格比較サイトで広角ズームレンズの評価、価格を眺めている自分がいる。
買わないけれどね
2016/11/06
んねぞう
昨日紅葉を撮り、んねブラに掲載した。荷物の制限で35mmフルサイズ機には標準ズーム(24 – 105mm)しか持って行かなかったが、広角側で、雲一つない青空を撮った写真で周辺光量落ちが目立ち、修正が必要だった。と言うことで、価格比較サイトで広角ズームレンズの評価、価格を眺めている自分がいる。
買わないけれどね
2016/11/06
んねぞう
10月15日に東京都写真美術館 杉本博司 「ロスト・ヒューマン」を観覧した続き。
2Fの展示室を対角線で2つに区切り、それぞれの三角形のエリアに、一つは廃墟となった映画館の写真、反対側には三十三間堂の写真を展示している。三十三間堂の方は説明文が一切なく、1回目に来たときは何のことかわからずに、写真そっちのけで広く空いたスペースに佇立している「光学五輪塔」を矯めつ眇めつ眺めていた。
一通り回って、また元の所に来た時に、係の人の説明で、三十三間堂の写真の展示であることを聞いた。
展示室の一角にベンチがあったので、そこに20分程座っていると、もともと人気(ひとけ)のないスペースに、ダウンライトの影を落としながら人が無言で静かにやって来ては立ち止まり去ってゆく、それが海岸に打ち寄せる波のように緩急を伴って繰り返される様が、実は写真の展示とともに、この人の動きも作者の意図したパフォーマンスで、この席に座っている自分がただ一人の観客ではないか、等と思って見る。
2016/10/23
んねぞう
今日、東京都写真美術館で、杉本博司 「ロスト・ヒューマン」を観覧して来た。
<今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない>の書き出しのもとに、いくつもの人類の終焉のケースがインスタレーションとともに陳列されていた。写真の展覧を期待してきたのに戸惑ったが、見て行くうちに、私の思っている人類の行く末とダブってきたところがあるので、ここに書き出す。
地球上に人類がここまで蔓延ってきた理由は、一つはその知能だと思うが、その知能が、生物としての自己保存、増殖の本能の基本的要件の充足のデマンドの元に発揮されてきたこと。具体的に言えば、生殖、および自己の生存のための他種からの防御/攻撃。
上に書いた、一点目は他の生き物と違い、人間は一年中発情していること、セックスと言うものが生殖と言う目的から離れて、快楽としても位置づけられていることから、人類は非常に強い生殖能力を持つ、謂わば助兵衛であることは明らかだと思う。
二つ目は、当初は身体能力、知恵が他の動物とどっこいどっこいだったので、その本能に基づいた知能の発動をフルに活用する必要があった。そのお蔭で、人類は他の種を凌駕し、安全に生活できるようになった。しかし、他の種からの防御あるいは攻撃というデマンドに基づく人類の本能は、その段階で何ら修正されることがなく、外敵に対する恐れがなくなった瞬間に、防御すべき、あるいは敵対すべき新たな相手を探す必要が出て来た。他に見つからないので、(それまでも一部ではやっていたのかも知れないが)人類の間で敵を探し、殲滅するということしかできなくなった。人間をこれまで後押ししてきた要素が、自分達を滅ぼす形で働くようになった。この小規模な発動が、例えばオリンピックであり、国家と言う枠に対して、枠外の相手を敵とみなして打ち勝つという行動は、本能に由来すると思う。仮に宇宙人の襲来があったとしたら、人類は一致団結して戦おうとするのかも知れないが、おそらくその中でも内部でいろいろな抗争が起こるのだろう。
「生き物」としての人間の持つ本能を、自分で変えることができない限り、多分このままで行くと自滅するだろう。そして、人類は、そうなる前に何とかしようとすることはできないと思う。それが人類の限界だろう。
まあ、こんな事を気楽に書いているのも、自分が生きている間に世界が死ぬ場面はないだろうと多寡を括っているからだけどさ。
この他に、廃墟となった映画館で、自分で設置したスクリーンに映画を映写している間、8X10カメラで撮影した写真、三十三間堂を撮影した写真の展示があり、それぞれに感じるところがあったので、別途書き込みたい。
2016/10/15
んねぞう
【追記 2016/10/23】
もらった作品解説の末尾にこう書いてある。
Quote —-
本展覧会は、特定の思想信条、政党、宗教、学説等を支持するものではなく、中立的な立場で構成しています。
架空の物語をインスタレーションや写真作品等で構成し、文明が終焉を迎えないよう考察しようとするものです。
—- Unquote
作者はそう思っているのだろう、本気でこういう危機感を持って、淡々と展示をしているのだろう。私には、終焉を迎えないような考察ができない。
【追記 終わり】
予てより、んねぞうがカメラを持ってブラブラと言う、んねブラについて企図していたが、この度めでたく専用のサイト開設の運びとなった。今後はこのサイトでコンテンツの更新をして行く。
サイトurl http://ndaznnez.com/nneblur
2016/08/20
んねぞう
バイオリンを再開してから、季節柄か、加齢によるものかわからないが、弾いている間、顎と首の発汗が酷く、汗が楽器側に滴って行くのが非常に気になっている。私の楽器は、前にも書いたがシーラカンスと言われるくらいの絶滅種で、汗で膠が剥がれるくらい朝飯前のものだから、顎当てカバーを探していた所、下のような物が見つかった。
セーム革で、顎当てに引っ掛けてずれないようになっていて、適度な摩擦もあって滑らないし、肌触りも良くて弾いている時も意識しなくても良い優れもの。
あまりにも考えられ過ぎていて、私的には、単なる30cm四方の革を、弾くときにさっと掛けて、と言うイメージだったのから見ると、うーん、と言う感じ。テールピンも汗からカバーできていないし。でも、使いやすいから使います。
2016/07/31
んねぞう
「んねブラ」の経緯については昨日の書き込みを参照
昨日記したブログのスタイルを模倣させて頂いて。ご本家には及びもつかないが。
このところ写真を撮るためのお出かけは控えていたが、今度の土曜日は晴れの予報ということも相俟って、久しぶりに神輿を挙げて出かける。場所の条件は、
① 人のいないところ
以上。
私はSIGMA社のコンデジを持っていてユーザ登録をしている。ユーザに対するサービスの一環として、一人のプロカメラマンによる、ぶらっと出かけてスナップ写真を撮ると言う企画のHPの紹介がメールマガジンで送られて来るのだが、その人の写真が好きだ。
今日、久しぶりに電車に乗って、暑い中、人のいない場所に大汗かいて行って、ぼーっとしたり、裏通りを歩いて写真を撮ってきた。今、帰り道の居酒屋で一人反省会をしていて、撮った写真を見返していたら、うむ、これは私のブラブラである、早速んねブラと銘打ってシリーズ化すべしとの結論に至った。
例えば・・・
まあ、そのうち。
2016/07/30
んねぞう
連休の1日、久しぶりにカメラをぶら下げて日本海の海岸線に遊んだ。時々土砂降りの雨模様の1日で、人と出会わず、楽しい1日だった
2016/05/01
んねぞう
前から気になっていた4kモニタを購入。
ゲームではなく、ひたすら写真の現像目的。
これまでFHD(1920×1080)のモニタを使っていたが、デジタルカメラの撮像素子の画素数に対して解像度が大きく違うために、PC画面のざらざら加減には納得が行かないでいた。
なし崩し的にビデオカード(Geforce 750Ti)を買ってパソコンに装着、その後思い切ってDELLの27インチの4kモニタを買って、写真を表示させてみたら、やはり一皮も二皮も向けた鮮烈さで表示された。
これでもまだデジカメの撮像素子数の半分も行っていないが、まずは満足。
ソフトの中には4kモニタに対応できるメニューのスケーリングに対応していないものがあるので、これからそのままで使って行けるか、どうしても我慢できないかを見極める。例えば今使っているテキストエディタ、Winamp。
2016/03/03
んねぞう