文芸同人誌 「澪」 合評会

私が所属している文芸同人誌「澪」の第16号が9月に発行されたのを受け、その合評会が昨日開催され、出席した。私は前号の15号の時から加入したのだが、この時は新型コロナウィルスのパンデミックの真っ最中で中止され、Mailの交換のみに留まっていたので、今回が初めての参加となる。事前に写真教室の師でもある編集長から開催について打診があり、自分や人の作品について、論評するということは一方通行ではあり得ず、インタラクティブであるべきだと思っていたので、私は一も二もなく賛成した口である。編集長の先生には場所の確保に加えて感染予防対策に大変な気を遣って戴き、恐縮している

私は新参者で、文芸活動の経験も浅いので、さぞかし辛辣な批評が出るだろうと、何を言われても良い覚悟を決めて、かつ翌日ショックで寝込んでしまっても良いように会社の休暇を取って臨んだ

4時間近くに及ぶ合評会で、他の同人についての批評、というか私の場合は感想を披瀝し、自作についての思いを話し、そして批評、アドバイスを頂き、非常に充実した、有意義な時間だった。自分の写真と文章の間合いについてのアドバイスを頂き、① 16号の文体を維持し、写真についてはもっと抽象性を帯びたものにしてフォトポエムという体裁にするか、② 15号の路線を継承して、紀行文スタイルとして、文と写真をある程度沿わせる形で、場合によっては少し外した部分を作るかという方向性を見つけることができた。また、写真の作法についても、構図と文のマッチングについて、またまた目から鱗のアドバイスを頂いた。自分の方向、位置づけについては皆さんから承認を頂けたようだが、作風が定まるまで、まだまだ試行錯誤が続くと思う

皆さん、非常に建設的に、優しくアドバイスをして下さり、お蔭様で今日はふて寝することなく、こうしてBlogを綴ることができている、という訳です

私が加入しているからと言って、素人ばかりの集まりだと思ってもらっては困ります。中には全国区の文学賞を狙えるようなレベルの作品を書く人とかいるので、うん、ボクもこの文学賞を受賞した人と同じ同人誌の同人なんだけどね、とか、いつか小鼻をひくつかせて自慢できるような日が来るのではと、密かに思い始めています

今、澪では新たに同人を募っているので、興味を持たれた方は「澪」のBlogから編集長に連絡を頂ければと思います

2020/10/26
んねぞう

26

10 2020

携帯電話の機種変更にまつわる諸々

8月から携帯電話の機種変更を考えていて、ケースまで買ったのだが、本体を買う段階になって、新しく発表される機種で逡巡した挙句一周回って当初考えていた機種になったという話

今iPhone 8を使っていて、機能には何の不満もなく、唯一容量が64GBではどうしようもなくなっていたので、サイズや、デザインもカメラレンズの位置に至るまで同一でリーズナブルな価格のiPhone SE (第二世代) 256GBに狙いを定めて、ケースまで買っていた。しかし、iPhone 12 Miniという機種が発売されるという噂を小耳にはさみ、そして好きだった昔のiPhone 5のように角のあるデザインで、iPhone 8よりも小型になるとのこと。ここで心が大いにぐらついた

いろいろ調べた結果下記のようなことが分かった

  iPhone 12 Miniは
      〇 角のあるデザイン
      〇 第一世代のSEに次ぐ小ささ
      ✖ FaceIDしかなく、TouchIDはない
      ✖ 値段が高い
      ✖ 多分電話会社のプランも高くなるだろう
  iPhone SE (第2世代)は
      △ 従来通りの大きさ、デザイン
      △ これまで使ってきた写真スキャンのソフト、ハードの適合可能性
      △ 既にケース買っちまった
      〇 安い
  差し当たりどうでもよいこと
      5G対応
      Magsafeというギミックの搭載

Face IDというものは使ったことがないので、人の話を聞いて自分で判断するしかないのだが、新型コロナウイルスが蔓延している現在、マスクをしていると認識されないらしい。当然と言えば当然で、マスクをして認証できたら、他人のなりすましができやすくなってしまう。指紋認証でも時々手が荒れていたり濡れていたりすると認識されないことがあるのに比べても不便なようだ。認証した後も画面スワイプというステップが必要らしい。また、寝転がったときに自分の顔を認識してくれるのだろうか等未知のポイントがあった。これと、自分にとって必要のない5GとかMagsafeというもののために価格が高いことを割り切ることができるかどうかで1か月悩んだ

その結果、結局iPhone SEを選んだ

注文する数日前位から、従来同梱されていたACアダプタとイヤホンがなくなり、ケーブルはUSB Type Cに代わるという話が聞こえて来た。Appleの言い分によると、パッケージが小さくなり、出荷回数が減って45万台のトラック(によるCO2排出?)を削減することになるという。パッケージを小さくしてCO2を削減するのだったら、間違いなくケーブルを繋ぐより効率の悪いワイヤレス充電をなくしたほうが電力のロスがなくなりずっと良いのではないかと、私は思う。しかも価格は据え置きとのこと。なんだか割り切れない思いがする。

下はパッケージの比較

右がiPhone 8、左がiPhone SE (第2世代)。確かに厚さが半分近くになっている

左は蓋を開けたところ、右は本体を取り出したところ。ケーブルのみで、箱の下半分はほぼ空

調子づいて、私の持っていた歴代のiPhoneの箱を引っ張り出して見た

年代順にiPhone 5

まだ使っていないイヤホンが残っていた。3.5mmジャックのもの

次にiPhone 6s

本体がLightning に変わったのにも関わらず添付されているイヤホンは3.5mmジャックのままであるせいだろう、Lightning – 3.5mm変換ケーブルが同梱されている。私はイヤホンではなく、iPhobneに外付けスピーカーを繋ぐのに重宝している。しかしこれでも買うと1000円するんだぜ

iPhone 8

iPhone8からのイヤホンのプラスチックのケースが省かれている。なんとACアダプタが未使用で残っていた! Appleがユーザに対して携帯電話を買った後ACアダプタやケーブルをどうしているかアンケート調査を行ったという話があるが、その結果やはりだぶつき気味であり、同梱をやめると判断したらしい。私もその例に漏れず、だぶついていた。あまつさえ1つか2つはAndridを使っている家族にも上げているはずだ。だとしても、価格据え置きってどして?、と思う

さて、ここまでひとしきり御託を並べたところで、iPhone SE (第2世代)と8の比較画像

仕様上サイズとデザインは全く同じことはわかっているのでどっちがどっちかという説明は面倒なのでしない。移行はあっけないほど簡単に済み、Mobile Suicaの移行だけ少し時間がかかった。これまで使い慣れた機種と全く同じデザイン、操作性なので、それほどの感動はなく、淡々と使い続ければ良い。これもある意味良いことなのかも知れない

しかしこれまでiPhoneの箱を良く保管していたものだ。私はカメラについては、後日売却するかも知れないと思って箱を保管しているが、これまで一度しか売ったことがなく、使っているうちに傷がついたり、売っても値段がつかないだろうと思うようになっているので、場所の節約のために少しずつ処分しようかと思い始めている。iPhoneについては、売却に備えて取っているつもりはなく、箱の仕上げとか質感が非常に良いのでなんとなく取っている

何なら私がAppleに引きずり込まれるきっかけとなったiPod touchの箱も見せようか

2020/10/25
んねぞう

ndaznnez.com 15周年

気が付いたら2005年にこのDomain名ndaznnez.comを取得して15年が経っていた。以下は記念のWhoisの画面ショット

開設当時はndaz . comとかnnez . comなどが欲しかったが既に使われていたので、ndaznnezとした。商業組織でもないのに.comで良いのか調べたりした。その後.jpとか日本語.jpとか、様々なTLD(Top Level Domain – 自分でもわからなくなった時の備忘)が発生しているが、今はこのドメイン名に愛着がある。それと同時にサーバーもレンタルして、いろいろ試行錯誤してここまで来た

因みに似たようなドメイン名がどうなっているか調べてみた

ndaz . com 取得済 売り物
nnez . com 取得済 売り物
ndaz . net 他の人が取得済 Blog運用中
nnez . net 未取得
ndaznnez . net 未取得
nnezndaz . com 未取得
nnezndaz . net 未取得

そして、近年ドメイン名の一部が似通っていて「ん?」と思わせたライブスポーツオンライン配信サービスdaznだが、この .net版は取得済だった。検索した先で”Experts in Global Domain Management and Online Brand Protection”とあるので、類似のドメイン名を予防的に取得しているのかと想像している。サイバースクワッティングという言葉があるが、昔J-Phoneの携帯電話を使っていた時にJ-Phoneで検索すると、何かちょっと違うんでないか?というような内容のHPに行き当たったが、後で、ああこれがそうか、と思い当たったりしたな

さて、自分のドメインに戻って、今日現在の運用内容についてまとめておく。

書き込み件数(主なもの)

このBlog 538件
写真ブログnneblur 209件
People I met in India (B&W) 280件
People I met in India 129件
Murphy’s law calendar 4,697件
計 5,315件

ディスク使用容量 40.88GB

ファイル数 約90,000

15年間自分一人でこつこつと書き溜めて来た、質はともかくこの量、多いのか少ないのか…

とにかく、自分のドメインを持っていて、サーバ(レンタルだが)を運営しているという密やかな誇りを持ち、そしてサーバの設定、ソフトの設定、コンテンツを作成していじくること、それらすべてをマイペースで、楽しく、辛いときはしばらく放置し、というスタンスでやって来た。この10年は、写真に嵌り、そして昨年からは文芸同人誌に加入させていただき、勢い「表現」の場としての比重が高くなってきている。自分の撮った写真、捻り出した文章、そして明らかに何の役にも立たないもの、しなくても良いものの集積で、これらが人に見られようが見られまいが構うことはない、自分は自分の表現したいことをただ発表する、そのことが、自分をかなりの程度開放してくれている、ということを、今改めて思う。

2020/10/05
んねぞう

文明の終焉

いきなり物騒なタイトルで始めてしまった

昨年亡くなった身内の一周忌を昨日、菩提寺で執り行って戴いた。本当は5月が命日なのだが、コロナウイルス蔓延のために延期して、さらに親族一同が集まって、法要の後は会食、という通常の形式ではなく、本当に限られた少人数で、本堂ではなく、墓前で読経して戴き、それで解散という形式となった

感染防止のために参列者はもちろん導師もマスク着用という異例の光景となった。その時のスナップ写真を撮ったが、帰ってきて見直して、これまで普通に思っていたことが、普通でなくなったということとして大きく心に迫ってきた。私はこのような光景を異様(ことざま)と呼ぶ

100年、200年後に、我々の生きた時代を研究する近代史研究家がいて、この写真を発掘した時、すでに失われてしまった習俗、景色から、一つの文明の終焉の契機として見ている情景を思い浮かべる

数年前に東京都写真美術館で、杉本博司 「ロスト・ヒューマン」を観覧した時の記憶が蘇って来た

2020/10/05
んねぞう

05

10 2020

文芸同人誌到着

私が所属している同人誌の9月発行分(文芸同人誌 澪 第16号)が到着した。私の作品はフォトエッセーだが前号の経験を踏まえ、紙面上の構成は一緒だがスタイルを変えた。結果、随筆でもない、写真集でもない、詩でもないものができた。写真については、紙面上での仕上がりの評価方法が分かったので、コントラストを上げるなどの処理を施して、少しはメリハリのある紙面にできた。もとより私の写真は諧調とか、鮮鋭度などを云々できるレベルではないので、大して悩むことはないのだ

編集長による最終校正の段階で、差別的表現に関する指摘があって、原稿を修正した。やさぐれた心境で綴っている内容なので、どうしても毒のある表現が見え隠れするのだが、これを公に発表した際に生ずるリスクと、犠牲と、本当にこの言葉を使いたいかというバランスを考えなければならない。何かあった場合、迷惑は自分だけではなく、関係者にも及ぶことになるが、それでも自分の表現を貫きたいのか、という問題に直面して、一も二もなく文言を削除した。これは編集長による強制ではなく、自分で出した結論だ。ブログで一人で呟いている分には、一人で説明責任を負えば良いわけだが、書籍という媒体で発行する際の注意点について気付かされた

心配なのは、今後開催される合評会で何を言われるかだ。文学表現で何十年と研鑽を積んできた人たちにとって、そういや俺もむか~しこんなやつ作ったっけな的な作品に、何を言われても良い覚悟は、原稿提出の時点でできてはいるのだが、まあ、写真教室の先生並びに同誌編集長の言われるところの「ぷるぷる」だな。俎板の上の「ぷるぷる」だ。

2020/10/03
んねぞう

写真の写真を撮る

今年の誕生祝いに、奥さんから何が欲しいか聞かれたので、以前図書館で借りた本で小島一郎の写真集を自分のものとしたかったことを思い出してプレゼントしてもらった。これを。折に触れてひっくり返して見ているが。以前安いプリンタに付属しているスキャナで、気に入ったページをスキャンして、これを自分のiPadに入れて見ていたのだが、このスキャナの最高の解像度(多分1200dpi)でスキャンしてもモアレ縞が酷かった。モアレ縞の発生しない最適な解像度があるのかどうか知らないが、写真集が自分のものになった今、気に入ったページの写真をカメラで撮影しようと思い立った

カメラは、自分の手持ちのカメラの中では、経験上条件が揃えば良い(くっきりした)描写をするOlympus E5と14 – 54mm(35mm判換算28 – 108mm)の標準ズームレンズ。本当は別に持っている50 – 200mmズームが使えればもっと良いのだろうが、引きが取れないので。距離的にはこの標準レンズの望遠端でちょうどページが収まる感じだ。Olympusでは50mmマクロの評判が良かったので、これで撮れば理想的なんだろうか

三脚でカメラをセットし、ページがめくれないように紙クリップでページを固定する。紙の腰が強いので、しっかり押さえなければページが盛り上がって画像が歪むが、あまりぎちぎちに抑えると製本が壊れそうになるので、そこの折り合いをつけながら

照明は、昼間は窓からの外光と室内の蛍光灯の照明、そして補助として100円均一ショップで買ったLEDライト。部屋が通りに面しており、お向かいの家の外壁が純白で、反射が強いので雨戸で少し遮って。紙面はコート紙で光沢があるので照明の反射を避けると変な角度になって狭い部屋で三脚の足の置き場に困ったり、その結果人間が変な格好で撮影をすることになったりすることをクリアしながら撮影

ライブビューで拡大しながらピントを合わせ、ミラーアップ機能を使って極力振動を減らし、シャッターボタンを押したらシヤッターが切れるまで息を止めて、そのままの姿勢でフリーズ

その結果、以前スキャンしたよりは大分ましな結果になったが、3つ課題があった

一つ目は歪み。レンズの収差からくるものと、写真集の位置決めが甘いことと、どうしても紙面を正確に平面にすることができないため発生する。ここはもうあきらめてLightroomの修正機能(水平、垂直方向歪み補正、回転)をフルに駆使して、妥協できるレベルまでもって行く

2つ目は色調。撮った写真と写真集を比べると、照明の影響もあるのだろうが、見た目がどうも違う。原画は白黒写真とはいえ大分セピアがかかっている。これもLightroomの彩度、色温度、色かぶり補正機能を駆使して妥協できる範囲まで追い込む。大体彩度を+20、色温度を+250~500°位上げ、色かぶりを+5~10程度の組み合わせで何とかなった。セピア調にするのに、色温度を上げ、そして色かぶりを緑に寄せれば、それらしい雰囲気になることが分かったのは収穫だ

最後はモアレ縞だが、何枚かの写真で発生した。これは流石のLightroom様でも如何ともし難く、再撮影した。絞りを変えたり、ほんの少しピントをずらしたりして撮影したところ、まずまず妥協できるレベルにはなった。前回と微妙に被写体との距離が違うことも功を奏したのかも知れない

写真の写真を撮ること一つを取ってもなかなか奥が深い。縦横、水平垂直を如何に正確にとるか、照明、色調、モアレ縞の問題それぞれに気を配って撮影されていることがわかる

これからjpegに変換して、iPadのフォトアルバムに1枚ずつ登録して行く作業、スライドショーを作る作業が待っている。楽しみながら少しずつやって行きたい。

※ 本稿では当初小島一郎氏の写真集の中から1枚の写真の一部を切り取り、作業のプロセスの紹介に使おうと思いました。これは小島氏の写真の芸術的価値を損ねる意図は毛頭なく、飽くまでも私のやったことの説明が目的ですが、たとえ一部であっても公衆送信権の問題もありそうで、掲載は控えることとしました。もしこの記事をご覧になっている方がおられましたら、一体何のことだかわからない記事となりましたこと、お詫びいたします。なお、撮影した写真は私個人で楽しむ目的ですので著作権法上は問題ないと判断しています。因みに当該書籍は「小島一郎写真集成」青森県立美術館監修、(株)インスクリプト、2012年12月10日初版第5刷発行です

2020/09/27
んねぞう

写真ブログの表示不具合

私の写真Blog”んねブラ“の記事で、アイキャッチ画像の指定をしても記事表示画面に表示できないことがしばしばある。すべてできないのではなく、できることのほうが多いのだが、できないものは何をしてもできない。例えばこれ。テーマを変えてみるとこの現象は発生しない。然らばと、このテーマに関するフォーラムを見ても、そのような現象に関する記述はない。一体どうしたものかとこの数週間考えている。Wordpressのサポートフォーラムで質問してみようかと思ってアカウントを登録したまでは良いが、そのテーマがWordpressのデフォルトの一つであるTwenty elevenで、2011年のものなので、今更…と言われても仕方がないのかも…と逡巡している。これは解決してから投稿しようと思っていたが、まだ埒が明かないのでとりあえず書き留めておく

2020/09/13
んねぞう

PCのCPU温度モニタリング

在宅勤務で、リビングにいる家族に自分のステータスを知らせるシステム(んねぞう在宅勤務システム)を運用している。”システム”といってもRaspberry pi zeroに64ドットLEDマトリクスでの表示機能とブザーを付けたものだが、これをデスクトップPCからPower shellでコントロールしている。このパソコンは数年前にマザーボードを交換して以来何もメンテナンスしていないのだが、どうもデスクトップPC上でPowershellが立ち上がっていないとこのシステムは制御不能になるらしいので連続運転している。この暑さでどの程度大変なのか心配で、このCPU温度を何とかモニタできないかと、Raspberry piを使ったシステムを調べていた。よくあるのは気温とか水温を測るものだが、CPUの温度を測る方法(特にセンサの取り付け方法)についての情報がない。Webで調べてもRaspberry pi自身のCPU温度を測る(と言うかモニタする)情報はあるが、他人様のCPU温度を測る方法は皆無だった。もう少し範囲を広げて物体の表面の温度を測るのにはどうしたらよいか調べているとサーミスタを使う方法があった。これはサーミスタのアナログ電圧をデジタルに変換するためDA変換のICを使う必要があるようだ。回路図もいまいちよく分からない。待てよ、これってパソコンで自分のCPU温度をモニタする方法があるのでは、と思い調べたらCore Tempというフリーソフトがあった…結局パソコンで自分をモニタすればいいじゃん、というお話。Raspberry piのうまい使い方がないかと探し回った結果、ボツになったとさ

2020/09/12
んねぞう

コサイン誤差

先週の写真教室で、フォーカスのところでコサイン誤差のお話があった。これまで雑誌などでコサイン誤差という言葉が出てきて、何となくこういうことかな、という感覚でいたのだが、この機会に、何故三角関数の「コサイン」が出て来るのか、何故サインでもタンジェントでもなくコサインなのか、検証して見た。

以下はその結果。知っている人は見る必要はありません。あちこち脱線するかも知れないし

まず、コサイン誤差の発生する状況の設定

同じ焦点面(焦平面ともいうらしい)に真珠と豚を配置する。真ん中に豚、右寄りに真珠を配置する構図とし、焦点は真珠に合わせたい

豚に真珠

撮影の手順として、カメラを構えたらまず右の真珠に向けて焦点を合わせてロックする。この時の焦点距離をf1とする(上から見た図)

次に、カメラを豚の方に向ける。この時カメラを振った角度をθとする。また、真珠と豚は目的とする構図の同一焦点面にあるので、カメラと豚の距離は、カメラと真珠の距離とは異なって来るはずである。この距離をf2とする

そのままシャッターを切ると、その結果、写真は多分こうなるだろう。豚も真珠もぼける。コサイン誤差が被写界深度を超えた場合は(だよね)

豚に真珠

ここまでの理解は、多分正しいのではないか。間違っていたら、これから先の議論が台無しになるので、その場合はそっと教えてほしい。そしたらこの記事もそっと消すから

いよいよこのコサイン誤差の定式化だが、下はこれまでの説明をまとめた図。ここでは、このコサイン誤差は次のように定義する

コサイン誤差

コサイン誤差(仮にεとする) は、 真珠に合わせた焦点距離 (f1) と、正面の豚とカメラの距離 (f2) の差

ε = f1 – f2

となる。ここで

f2 = f1 cos (θ)と表現できるから、

ε = f1 (1-cos(θ))

と表現できる。なるほど。このように三角関数のcosineを使って表現できるからコサイン誤差というのだ

試しに、f1=1000mm、θ=30° としたらコサイン誤差はどれくらいになるか計算したら、約134mmとなった。これと実際の被写界深度を比較して見る。例えば、50mmの標準レンズをF8に絞った場合

前方被写界深度 87.59 mm
後方被写界深度 106.19 mm
被写界深度 193.78 mm

となり、豚も真珠も焦点面より前にあるので、多分前方被写界深度が適用されるだろうから、87.59mmに対してコサイン誤差134mm、全然ダメということがわかる

ひとつすっきりした

と同時に、被写界深度は前方と後方が異なるということがわかってしまった。この物理的直観がつかめないという課題が…

※ 被写界深度の計算には 「keisanサービス」https://keisan.casio.jp/exec/system/1378344145 のお世話になりました

2020/08/09
んねぞう

09

08 2020

脱稿!

文芸同人誌「澪」の第16号、私にとって二回目の原稿を脱稿した。前号の作品に対する同人諸氏からの批評を頂いて、一つの方向が頭に浮かんだ。当初はスタイルを変えないで続けるつもりであったが、文章は削って、写真と文章が付かず離れずの関係を保っていくように構成した(積もり)。自分としてはかなりの冒険だ。これが吉と出るか、凶と出るか。締め切りを2日過ぎた昨日の夕方、何を言われても良い覚悟を決めて原稿提出メールの送信ボタンを押した

2020/08/03
んねぞう