iPad mini5 (2019)運用体制完備

先週思いがけなく早くに手に入ったiPad miniの付属品を手配して、揃った。

まずESRと言うブランドのカバー。mini2の時はacme madeという、moleskine ばりのゴムバンドのついたカバーがAppleの公式サイトで売られていたのを使っていたが、今現在mini5用のものはないので、取り敢えずの間に合わせ用として、1,500円位で手に入るので、これを使っている。精度もあり、特に大きな不満はない。液晶保護シートは、家電量販店で1,300円で買ったもの、これは消耗品との扱い。あと、Apple pencil用にクリップ。これは、通勤時に、通勤カバンのペンホルダーに刺しているのだが、一度、カバンの蓋を開け放しにして、カバンを横倒しにして電車の網棚に上げたところ、ペンが抜けて飛び出して来た。万が一尖った先が人の頭や目を直撃した時のことを考えるとぞっとしたので、抜け落ち防止のために購入。しかし、何でこんなに長いのだろうか。左は、wacomのbamboo。これと比べるとペンの位置精度は桁違いに良く、ほぼ実用に耐えると思う。


2019/04/07
んねぞう

んねぞうシール

名札代わりに作ったのがこのシール

色々な小物にぺたぺた貼って行く所存

2019/04/04
んねぞう

iPad mini 5 或いは 2019

5年前に買ったiPad mini 2 (32GB)は、毎日鞄に入れて持ち歩いているが、私の撮った写真の中からセレクトした3,000枚以上のデータと、その中から組写真、アルバムとして編集したデータを入れている。私の写真ポートフォリオとでも言うべきものだが、容量が極端に逼迫してきて、いろいろデータやアプリを削除してもどうにもならなくなってしまっていた。OSのアップデート等で反応速度は多少遅くなっているものの容量以外には実用上は問題なく、どうしようか考えていた。最新のiPadのモデルが2015年に発売されたiPad mini 4で、以降Appleが放置しているのも気になっていて、毎年のように新型が出る出るという噂も不発が続いていることから、もうiPad miniシリーズもこれでおしまいかと寂しさを感じていた。ところが、突如、新型iPad miniの発売がアナウンスされ(3/18)、購入することとした。発売のアナウンスとともに購入予約しようと思っていたが、何やかやでタイミングを逸してしまい、3/29にApple銀座店に電話して店頭在庫を確認したら、欲しかったCelullarモデルは売り切れ、4/10以降でないと入荷しないと言われたので、仕方なくOnlineで申込みをした。この時点で納期は4/10~14であった。これで届くまでしばらく忘れていようと思ったのだが、翌日(3/30、つまり今日)の朝未練がましくAppleのHPを見ていたら渋谷店で即日受け取り可能との表示があった。眼を疑ったが、とにかく速攻で予約を入れ、既存の申し込みをキャンセルして電車に乗って渋谷に向かい、無事iPad miniを手に入れることができた。勢いでApple Pencilも買った。帰宅して早速セットアップして、データ一式を入れたところ、256GB中53.2GB(システム含む)が使用中となった。これは、写真データの他にこれまで自分が作った写真のスライドショー(4k含む)とか気に入ったバロック演奏のビデオ等一切合切入れたものだ。今までの逼迫の状態とは打って変って、まるで雪原に放り出されて存分に転げまわる子犬のような気分だ。今後5年間は使おうと思う

左が新しいiPad mini, 右がiPad mini 2。Mini 2は初期化済のため初期画面になっている
購入記念にUP。しかし物撮りも難しいものだ

2019/03/30
んねぞう

太宰の「佐渡」について

前稿の佐渡旅行記の冒頭、「私は太宰程の感受性はないにしろ、死にたくはないがその淋しさというものを体験してみようと思う。」と書いた。実は、その太宰の言う淋しさとは何かについて理解が不十分なままであった。旅から帰って、作品を読み返しつつ、考えたのが本稿である。読んでいただける場合は下の「Read the rest of this entry」を押して下さい

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佐渡旅行記

昨年の2月、津軽の龍飛岬を旅した。それは、津軽三味線を生んだ津軽人を育んだ津軽という土地、気候の最もExtremeな場所として、また真冬の日本海、強風と荒波の海岸、岬に身を置きたい欲求に駆られてのことだった。
今年も、人のいない、荒涼とした景色を求めて、佐渡を目指す。
太宰治の「佐渡」では「佐渡は、淋しいところだと聞いている。死ぬほど淋しいところだと聞いている。」と書かれている。また、「何しに佐渡へなど行く気になったのだろう。」等、ひどい言われようである。であるが、わざわざ作家が短編ながら作品をものしているからには、何も存在しないと言う淋しさではなく、太宰をして「死ぬほど 淋しい 」と形容させるものがあるに違いない。それが太宰の琴線に触れないにしても、あるいは不協和音を立てたにしてもだ。私は太宰程の感受性はないにしろ、死にたくはないがその淋しさというものを体験してみようと思う。

(かなり長文です。読んで下さる方は下の”Read the rest of this entry →” を押して下さい)

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02 2019

ポータルサイトの刷新

ポータルサイトを刷新した。これまではHTMLだけを使っていたが、最近の流行に従ってHTMLとCSSを見よう見まねで組み立てて見た。正直なところ、HTMLはコンテンツを保持することに専念させて、レイアウト等はCSSに制御させるという機能分担がコンセプトのようだが、いろいろやって見ても、自分の思うように動いてくれないのは、他の言語と一緒。

それでも、hoverと言う機能が便利だなと思った。

100円ショップで買った簡易スタンプセットで自分のドメイン名を作成して印字し、それを写真に撮って加工してヘッダに使ったり、けこっう楽しませてもらった。

2019/02/03

03

02 2019

Instagramを使って見てわかった私の写真鑑賞法

これまで娘がInstagramに投稿しているのを見せてもらっていて、他の投稿者が所謂「インスタ映え」する写真を投稿しているのを尻目に、「邪道だ」とハスに構えていたが、何となくInstagramのアカウントを撮って投稿し始めたら、RICOHのgrのコンテストでフィーチャーして頂いたりして調子に乗り、1日1枚投稿するのが習慣となっている。色ぎとぎとのカラー写真、或いは暗部をどすんと落とした白黒写真という、禁断の技を使った「邪道」写真を投稿したりもしている(とは言っても自分なりの節度を守っている積りである)。この心理は、子供が人の見ていないところで、敢えて何か悪さをして見たくなる心理に通じるものがあるような気がする。

それはそうとして、いろいろな人の写真を見て、すごく色が強調されて胸焼けのするような写真でも、ああ、綺麗だな、いい写真だなと思うものもあるが、それは写真そのものよりも、その写っている光景に惹かれているか、その情景を自分なりに撮って見たいなと思うところが大きい場合もある。だから、私の写真鑑賞法は、これも「邪道」だ

2018/12/02
んねぞう

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12 2018

Instagramを通じて

このところ体調を崩したり、休日に突発で仕事の連絡を取らなくてはならなくなったりして、外に写真を撮りに行く機会が減っている代わりに、Instagramを見ている時間が多くなっている。

最近は前の記事に書いたように、私の写真がRICOHのGRのオフィシャルアカウントでフィーチャーして頂いたおかげでスナップ写真を見たりアップロードすることが多いのだが、日本人の撮った路上ストリートスナップは、近年の肖像権の問題で人を正面から捉えた写真が少なく残念に思っていた。試しに”#路上スナップ”と言うハッシュタグで検索して見ると、町の風景か、人物が写っていても後姿か、友達と思しき人が大半で、生活感や、その人の年輪を感じさせるような人物が写っていない。森山大道まで行かずとも、昔はもっと自由に人物の写真を撮り、撮られていたと思う。

その中で、外国人写真家の撮ったスナップは、案外そのような制約を外れて、日本の路上で人物を積極的に撮っているのを見つける。逆に、車のナンバーや、選挙ポスターなども映っているので心配になるくらいだ。例えばLaurent Roch(ローラン ロッホとでも発音するのだろうか、誰か教えて下さい)というフランス人の写真家は、しばしば日本を訪れて写真を撮っているが、味のある人物を撮っている。だから、今後日本の路上スナップを見たければ、外国人写真家の写真を探せば良いようになるかも知れない。

この写真家に限って言えば、本人のWebで”NOCTURNE“というギャラリーを設けて、日本の東京、大阪を中心とした夜の路地のスナップを展示しているが、日本人にとってはありふれた街角、住宅街の夜の風景でも、外国人の目にはやはり何らかの意味で写真を撮るに値する光景なんだなと思わせる。私も夜徘徊して、特別景色も良くもないのに写真を撮って歩くことがある。普通の常識を備えた日本人は、ありふれた景色にカメラを向けることはないので、私は生まれてからこの方日本に住んでいるのにも関わらず、一種の不適応人間で、ありふれた光景でも初めて接するような印象を持つのだろうと思う。

 

2018/11/24

 

 

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11 2018

GR Snaps Vol.3に採り上げられました

先日RicohのInstagramで開催されていたGRによるスナップ写真のコンテスト(のようなもの)で、私の写真が採り上げられていた!
なんてことだ、びっくり(嬉)
しかし、他の写真と比べて、
    - 暗い、汚い。
    - 「いいね」の件数は一番少ない。
    - フォロワーの数は下から2番目。
まあ、それが私の写真だからね。
とにかく嬉しい。

↓はofficial site
GR SNAPS Vol.3 結果発表!

2018/11/03
んねぞう

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11 2018

姪の結婚

先日姪の結婚式に参列した。

お相手は海外留学先で知り合ったという、有名企業のエリート。本人もばりばりのキャリアウーマンなので、お似合いの二人だ。

写真撮影を頼まれ、プレッシャーを感じながらも何とか撮りおおせた。一日の撮影枚数としては自己最多の740枚。

それはそうと、叔父として、この姪にして上げられたことはあまりなく、彼女がイギリスの高校に留学していた時に物理の宿題を手伝って上げたことくらいだが(既出 正月休みの「しくだい」参照。余談ながらこの留学も世間のお嬢様、お坊ちゃま方がなさっている短期語学留学とは全然違う、みっちりと高校、大学で各国からの優秀な学生達との熾烈な競争を強いられつつ専門知識を学ぶ留学なのだ)、一つ思ったことがある。この宿題は運動量、エネルギー等の所謂保存則を使えば解ける。お金はどうか。私のレベルでは、預金通帳の残高を見て溜息をつくくらいしかなく、いかなる法則が作用しているのかとんと見当が付かない。この問題は、それこそ新郎と新婦、そして新婦の父君の専門領域なので、迂闊なことは言えない(迂闊と言えば、新郎は最高学府のうち誰でも知っている国立大学の物理学科、修士課程修了ということが判明したので、これも迂闊なことは言えないのだ)。さらに愛情はどうか。これは保存則は全く通用しない世界であると見えて、何もない所から突然発生するし、逆に突然醒めたりもする。相手に1の愛情を注げば、それが100倍になることもあるようだ。これからの二人の結婚生活、お互いを思いやり、愛情を育み合って、仲良く過ごして欲しい。

以上、叔父からのはなむけの言葉。

将来を約束された二人に祝福あれ

 

2018年9月吉日

んねぞう

 

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10 2018