Archive for the ‘書籍・雑誌’Category

文芸同人誌 「澪」 合評会

私が所属している文芸同人誌「澪」の第16号が9月に発行されたのを受け、その合評会が昨日開催され、出席した。私は前号の15号の時から加入したのだが、この時は新型コロナウィルスのパンデミックの真っ最中で中止され、Mailの交換のみに留まっていたので、今回が初めての参加となる。事前に写真教室の師でもある編集長から開催について打診があり、自分や人の作品について、論評するということは一方通行ではあり得ず、インタラクティブであるべきだと思っていたので、私は一も二もなく賛成した口である。編集長の先生には場所の確保に加えて感染予防対策に大変な気を遣って戴き、恐縮している

私は新参者で、文芸活動の経験も浅いので、さぞかし辛辣な批評が出るだろうと、何を言われても良い覚悟を決めて、かつ翌日ショックで寝込んでしまっても良いように会社の休暇を取って臨んだ

4時間近くに及ぶ合評会で、他の同人についての批評、というか私の場合は感想を披瀝し、自作についての思いを話し、そして批評、アドバイスを頂き、非常に充実した、有意義な時間だった。自分の写真と文章の間合いについてのアドバイスを頂き、① 16号の文体を維持し、写真についてはもっと抽象性を帯びたものにしてフォトポエムという体裁にするか、② 15号の路線を継承して、紀行文スタイルとして、文と写真をある程度沿わせる形で、場合によっては少し外した部分を作るかという方向性を見つけることができた。また、写真の作法についても、構図と文のマッチングについて、またまた目から鱗のアドバイスを頂いた。自分の方向、位置づけについては皆さんから承認を頂けたようだが、作風が定まるまで、まだまだ試行錯誤が続くと思う

皆さん、非常に建設的に、優しくアドバイスをして下さり、お蔭様で今日はふて寝することなく、こうしてBlogを綴ることができている、という訳です

私が加入しているからと言って、素人ばかりの集まりだと思ってもらっては困ります。中には全国区の文学賞を狙えるようなレベルの作品を書く人とかいるので、うん、ボクもこの文学賞を受賞した人と同じ同人誌の同人なんだけどね、とか、いつか小鼻をひくつかせて自慢できるような日が来るのではと、密かに思い始めています

今、澪では新たに同人を募っているので、興味を持たれた方は「澪」のBlogから編集長に連絡を頂ければと思います

2020/10/26
んねぞう

26

10 2020

文芸同人誌到着

私が所属している同人誌の9月発行分(文芸同人誌 澪 第16号)が到着した。私の作品はフォトエッセーだが前号の経験を踏まえ、紙面上の構成は一緒だがスタイルを変えた。結果、随筆でもない、写真集でもない、詩でもないものができた。写真については、紙面上での仕上がりの評価方法が分かったので、コントラストを上げるなどの処理を施して、少しはメリハリのある紙面にできた。もとより私の写真は諧調とか、鮮鋭度などを云々できるレベルではないので、大して悩むことはないのだ

編集長による最終校正の段階で、差別的表現に関する指摘があって、原稿を修正した。やさぐれた心境で綴っている内容なので、どうしても毒のある表現が見え隠れするのだが、これを公に発表した際に生ずるリスクと、犠牲と、本当にこの言葉を使いたいかというバランスを考えなければならない。何かあった場合、迷惑は自分だけではなく、関係者にも及ぶことになるが、それでも自分の表現を貫きたいのか、という問題に直面して、一も二もなく文言を削除した。これは編集長による強制ではなく、自分で出した結論だ。ブログで一人で呟いている分には、一人で説明責任を負えば良いわけだが、書籍という媒体で発行する際の注意点について気付かされた

心配なのは、今後開催される合評会で何を言われるかだ。文学表現で何十年と研鑽を積んできた人たちにとって、そういや俺もむか~しこんなやつ作ったっけな的な作品に、何を言われても良い覚悟は、原稿提出の時点でできてはいるのだが、まあ、写真教室の先生並びに同誌編集長の言われるところの「ぷるぷる」だな。俎板の上の「ぷるぷる」だ。

2020/10/03
んねぞう

写真の写真を撮る

今年の誕生祝いに、奥さんから何が欲しいか聞かれたので、以前図書館で借りた本で小島一郎の写真集を自分のものとしたかったことを思い出してプレゼントしてもらった。これを。折に触れてひっくり返して見ているが。以前安いプリンタに付属しているスキャナで、気に入ったページをスキャンして、これを自分のiPadに入れて見ていたのだが、このスキャナの最高の解像度(多分1200dpi)でスキャンしてもモアレ縞が酷かった。モアレ縞の発生しない最適な解像度があるのかどうか知らないが、写真集が自分のものになった今、気に入ったページの写真をカメラで撮影しようと思い立った

カメラは、自分の手持ちのカメラの中では、経験上条件が揃えば良い(くっきりした)描写をするOlympus E5と14 – 54mm(35mm判換算28 – 108mm)の標準ズームレンズ。本当は別に持っている50 – 200mmズームが使えればもっと良いのだろうが、引きが取れないので。距離的にはこの標準レンズの望遠端でちょうどページが収まる感じだ。Olympusでは50mmマクロの評判が良かったので、これで撮れば理想的なんだろうか

三脚でカメラをセットし、ページがめくれないように紙クリップでページを固定する。紙の腰が強いので、しっかり押さえなければページが盛り上がって画像が歪むが、あまりぎちぎちに抑えると製本が壊れそうになるので、そこの折り合いをつけながら

照明は、昼間は窓からの外光と室内の蛍光灯の照明、そして補助として100円均一ショップで買ったLEDライト。部屋が通りに面しており、お向かいの家の外壁が純白で、反射が強いので雨戸で少し遮って。紙面はコート紙で光沢があるので照明の反射を避けると変な角度になって狭い部屋で三脚の足の置き場に困ったり、その結果人間が変な格好で撮影をすることになったりすることをクリアしながら撮影

ライブビューで拡大しながらピントを合わせ、ミラーアップ機能を使って極力振動を減らし、シャッターボタンを押したらシヤッターが切れるまで息を止めて、そのままの姿勢でフリーズ

その結果、以前スキャンしたよりは大分ましな結果になったが、3つ課題があった

一つ目は歪み。レンズの収差からくるものと、写真集の位置決めが甘いことと、どうしても紙面を正確に平面にすることができないため発生する。ここはもうあきらめてLightroomの修正機能(水平、垂直方向歪み補正、回転)をフルに駆使して、妥協できるレベルまでもって行く

2つ目は色調。撮った写真と写真集を比べると、照明の影響もあるのだろうが、見た目がどうも違う。原画は白黒写真とはいえ大分セピアがかかっている。これもLightroomの彩度、色温度、色かぶり補正機能を駆使して妥協できる範囲まで追い込む。大体彩度を+20、色温度を+250~500°位上げ、色かぶりを+5~10程度の組み合わせで何とかなった。セピア調にするのに、色温度を上げ、そして色かぶりを緑に寄せれば、それらしい雰囲気になることが分かったのは収穫だ

最後はモアレ縞だが、何枚かの写真で発生した。これは流石のLightroom様でも如何ともし難く、再撮影した。絞りを変えたり、ほんの少しピントをずらしたりして撮影したところ、まずまず妥協できるレベルにはなった。前回と微妙に被写体との距離が違うことも功を奏したのかも知れない

写真の写真を撮ること一つを取ってもなかなか奥が深い。縦横、水平垂直を如何に正確にとるか、照明、色調、モアレ縞の問題それぞれに気を配って撮影されていることがわかる

これからjpegに変換して、iPadのフォトアルバムに1枚ずつ登録して行く作業、スライドショーを作る作業が待っている。楽しみながら少しずつやって行きたい。

※ 本稿では当初小島一郎氏の写真集の中から1枚の写真の一部を切り取り、作業のプロセスの紹介に使おうと思いました。これは小島氏の写真の芸術的価値を損ねる意図は毛頭なく、飽くまでも私のやったことの説明が目的ですが、たとえ一部であっても公衆送信権の問題もありそうで、掲載は控えることとしました。もしこの記事をご覧になっている方がおられましたら、一体何のことだかわからない記事となりましたこと、お詫びいたします。なお、撮影した写真は私個人で楽しむ目的ですので著作権法上は問題ないと判断しています。因みに当該書籍は「小島一郎写真集成」青森県立美術館監修、(株)インスクリプト、2012年12月10日初版第5刷発行です

2020/09/27
んねぞう

脱稿!

文芸同人誌「澪」の第16号、私にとって二回目の原稿を脱稿した。前号の作品に対する同人諸氏からの批評を頂いて、一つの方向が頭に浮かんだ。当初はスタイルを変えないで続けるつもりであったが、文章は削って、写真と文章が付かず離れずの関係を保っていくように構成した(積もり)。自分としてはかなりの冒険だ。これが吉と出るか、凶と出るか。締め切りを2日過ぎた昨日の夕方、何を言われても良い覚悟を決めて原稿提出メールの送信ボタンを押した

2020/08/03
んねぞう

文芸同人誌 澪 到着!

私が文芸同人誌「澪」の同人として最初の投稿をした第15号が到着した。

まず最初に自分の投稿を確認。まずまず自分の思い通りの仕上がりになっていて、一安心。何せ初めてで、わからないことばかりでいろいろ教えていただきながらのことで、編集長の先生と編集を担当してくださった方に感謝。

幸いうちの奥さんにも好評で嬉しい。

私の作品の他は、いつものように中身の濃い小説、評論、写真、レポートが並んでいる。新型コロナウイルスの影響で、4月に予定されていた合評会が5月に延期された。合評会もこれまた私にとって初めてなので、どのような場なのか、まともに考えると張りつめた真剣 勝負の場になるのかと今からドキドキはらはらしつつも、半ば居直りの気持ちになって見たりして、落ち着かない。編集長の先生の言う、「ぷるぷる」状態だ。

しかし、何だな、自分の書いたものが活字になって、「本」という形になるというものは、嬉しいものだ。写真雑誌の写真コンテストに自分の写真が掲載されるのとは別の手応えがある。しばらくは自分のページを開いて「どや」とか言っている自分が目に見える

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2020/04/03
んねぞう

03

04 2020

脱稿!

文芸同人誌「澪」の次号の原稿を編集担当者の方に提出した。これまでは、自分のブログで好き勝手に呟いていれば済んだものを、これからは同人誌の品質、レベルに影響を与えないよう自分の作品に責任を持たなければならず、あわよくば売上にも貢献しなければならない立場と相成った。

3月に出版の予定

最初は「原稿提出!」というタイトルにしたが、「脱稿」というと、何だか自分が文筆家か何かになったような気分がするので、変更した

2020/01/13
んねぞう

「破滅型」の作家 葛西善蔵

2月に津軽に旅行を計画しており、津軽に関する資料や小説などを読んでいる。太宰の「津軽」をおおよそ読み返し、昨年2月に佐渡に行った際に司馬遼太郎の「街道をゆく」を読んだのを思い出し、同じシリーズの津軽に関する本をKindleで購入して読んだ。その中で太宰の「津軽」の引用が随所に見られ、これを引き当てた形での記述がある。また、その中で弘前生まれの葛西善蔵という作家が存在することを知った。一昨日から風邪を引き、今日の土曜日は一日外出せず家に垂れこめていたので、この作家の「哀しき父」、「おせい」、「子をつれて」、「蠢く者」を青空文庫で読んでみた。

破滅っぷりがひどい。葛西の小説を読んだ後だから言えることだが、太宰の破滅ぶりは、天邪鬼が、人の行く方向とは逆に、あたかも夏の小虫が祭りの松明に誘われてふらふらと近づいて行くような、「おいおい、そっちじゃないよ」とでも言いたくなるような風情が、まだある。葛西の場合は、例えば「子をつれて」の場合は、妻が金策に郷里に行っているが、刻々と家の立ち退き期限が近付いているのにもかかわらず、知り合いのKのところに金の無心に通うだけで、いよいよ当日になっても立ち退き先が決まらず深夜に子連れで電車に乗っているところで話が終わる。一体どうすんのよ、と言いたくなる。

持っているものを売ってしまい、売るものもなくなって友人から借金も借り散らした挙句いよいよ窮して最後の頼りに金の無心にKを訪れた「彼」に、Kはこう語る。

「……そりやね、今日の處は一圓差上げることは差上げますがね。併しこの一圓金あつた處で、明日一日凌げば無くなる。……後をどうするかね? 僕だつて金持といふ譯ではないんだからね、さうは續かないしね。一體君はどうご自分の生活といふものを考へて居るのか、僕にはさつぱり見當が附かない」
「僕にも解らない……」
(略)
「フン、どうして君はさうかな。些ちつとも漠然とした恐怖なんかぢやないんだよ。明瞭な恐怖なんぢやないか。恐ろしい事實なんだよ。最も明瞭にして恐ろしい事實なんだよ。それが君に解らないといふのは僕にはどうも不思議でならん」
(略)
彼にはまだ本當に、Kのいふその恐ろしいものゝ本體といふものが解らないのだ。がその本體の前にぢり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたやうに刻々と陷沒しつゝある――そのことだけは解つてゐる。けれどもすつかり陷沒し切るまでには、案外時がかゝるものかも知れないし、またその間にどんな思ひがけない救ひの手が出て來るかも知れないのだし、また福運といふ程ではなくも、どうかして自分等家族五人が饑ゑずに活きて行けるやうな新しい道が見出せないとも限らないではないか?――無氣力な彼の考へ方としては、結局またこんな處へ落ちて來るといふことは寧ろ自然なことであらねばならなかつた。

葛西善蔵「子をつれて」 青空文庫 図書カードNo.51221

彼の著作はすべてが本人の実人生だという。「表現」の渇望をドライビングフォースとして、 経済的な準備もなく妻子を伴い東京に出たものの、健康にも恵まれず、赤貧洗うがごとき生活で知り合いから寸借生活を続けて、このままではいけないとは思いつつ、なぜいけないのか、その恐ろしさは朧気ながらわかってはいるが行き着くところまで行ってみることを、積極的には肯定しないにしろ、それがむしろ自然なことであるというのだ。

俗世間的に言えば、Kの言い分が正しい。また、父親の香典返しのお茶の鑵を彼に発送するにあたり、憎しみを込めて凹ませて送ったYのような人間も、世間が味方するだろう。

私は勤め人生活が長く、人のことを斟酌するのに幅が狭いので、「言っていることはわかるけど(実のところわかっちゃいない)、まあ、あの人はああだから…」と、できるだけ関係を持たないようにするだろうと思う。 私には、この上記二者の間をどのように考えればよいのか、「彼」の考え方をどう飲み下せばよいのか、考えが纏まらない。

上述の司馬遼太郎の「街道をゆく」では、葛西についてこのように書き記している。

本来、 小説的情景は作家が想像のなかでつくりだすものだが、かれは実際に生きてみて、ナマ身で情景をつくりだした。人生の破綻こそ〝 芸術〟への出発だ、とこの人はいう。

司馬遼太郎. 街道をゆく 41 北のまほろば . Kindle 版. 以下同様

さらに、太宰が弘前高校に入学した早々に書いた英文の作文で、太宰は

〝葛西善蔵はいまの日本でいちばん不幸な作家である〟

とし、

「ほんたうの幸福とは、外から得られぬものであ つて、おのれが英雄になるか、受難者になるか、その心構へこそほんたうの幸福に接近する鍵である」

と書いているそうだ。さらに、司馬は、石坂洋次郎と葛西の交友にも触れた後、こうも書いている。

津軽人石坂あるいは太宰にとって、葛西善蔵は、芸術上の聖者か殉教者のような存在だったのである。

ここまで書かれると、多少なりとも津軽を理解したいと思っている私としては「まあ、あの人はああだから」と乙に澄ましてもいられず、少しは真面目に向き合わなければならなくなる。何だか重い宿題をもらった気分だ。

P.S.

今、一つ思ったことがあるので、断片的ではあるが書き出しておきたい。葛西と太宰の 破滅傾向のパースペクティブについてである。太宰は作家としての活動を始める前に、既に葛西の作品に触れていた。そののち著作活動を進めるにあたって、「東京八景」では自分の生活、社会的な立場がじりじりと破綻に近づいてゆく状況を、克明に、しかもその刹那刹那の状況に、腸(はらわた)がこわばってゆくような感覚と同時に、その破綻への近づき方の微分係数が微小な(微小かどうかは実際わからないが、一種の麻痺状態として)故の、そして自分の見込み通り傾向が悪くなっていることを確認できていることに対する、逆説的な安堵感をもって描写されている。この様子と葛西の作品を比べてみて、太宰が、津軽人特有の含羞を持っている人間として捉えると、自分は裕福な、地方の有力者の家庭で、経済的には何不自由なく育ち、東京の大学にも通った身である。それに引き換え、葛西は自分の芸術に対する理念に徹底的に忠実であるということを明確に意識しており、太宰は始終このことに負い目を持っていたのではないか。自分は不徹底な人間である、その不徹底な人間がこんな小説を書いて、頭の中の別の自分が「へえ、芸術家ってのは、例えば葛西善蔵みたいなものを言うんだと思っていたけど、ほう、あんたも芸術家なの。へえ、そうなんだ」と何かあるごとに頭を擡げて来る、そういうような意識を常に持ち続け、それが彼の生涯を通じた創作の底流にあるような気がする

2020/01/11
んねぞう

文芸同人誌 「澪」加入

私は今般、横浜を中心として活動している文芸同人誌「澪(みお)」の同人に加入させて頂きました(下の画像をクリックするとそのサイトに飛びます)。

今年4月に写真教室に入門し、講師の先生より、ある日、その写真教室の授業の合間に先生の主宰する文芸同人誌への加入のお誘いを頂いたもの。当初、尊敬する先生から、思いもよらなかった同人誌の加入のお誘いと言うことで、嬉しくて舞い上がってしまった。が、さて家に帰って少し頭を冷やして、同人誌のバックナンバーをAmazonで購入して(電子書籍化もされている)読み直して見ると、これはとても私の及ぶレベルではないと恐れをなして一旦はおことわりのMailを出したのだが、その後いろいろあって、参加させていただくことになった。内容はバックナンバーの一冊でも手に取って頂ければわかるが、小説、エッセイ、評論、写真等小冊ではあるがレベルの高い作品ばかりだ。

長い間研鑽、精進を続けて来た、このような集団の中で、私に何ができるだろうと、いろいろ考えたが、結局私には「んねぶら」で発表している表現スタイルしかないので、写真と文章の合わせ技で、自分を表現して行くしかないと思い定めている。昨日初めて編集会議に出席し、自己紹介の後、内容、ページ数、掲載順等について打ち合わせて、その後居酒屋で酒を飲みながら同人の方々とお話をさせて頂いた。皆気持ちの良い人達ばかりで、どうやら私の居場所を作って頂けたようだと感謝しつつ安心している。と同時に、それぞれの「表現」と言うものに対する渇望、気迫がひしひしと伝わって来て、今までへたれブログを綴って来た我が身としては緊張で胴震いがする。反面、これまで関わりのなかった分野の人達から、いろいろ刺激を受け、視野が広がるのではないかと楽しみにしている自分がいる。

2019/12/08
んねぞう

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今宵、フィッツジェラルド劇場で

2007年に 「今宵、フィッツジェラルド劇場で」と言う映画が日本で上映された。”A Prairie home companion”という、米国での人気ラジオショーに題材を取った映画で、私も長年聴いていた。私は映画は興味はなく全くと言って良い程見ない。しかし、この映画だけは機会があれば見に行きたいと思っていたが、時期を逸して現在に至る。 この間思い出して検索して見たら、レンタル落ちのDVDがあったので買って見ている。 Robert Altmanと言う監督の作品で、遺作となったものだという。それはともかくとして、この映画の内容が、実際のラジオ番組を聞いていた身として全く違和感のない、ストーリーに身を任せられるものだった。アメリカの映画とかアニメにありそうなテンポの良さと、しかししっとりとした画面と進行の雰囲気に魅了される。キャストに実際のラジオ番組の出演者も入っており、例えば既に亡くなってしまったSound effects manのTom Keithも実際にSound effectsで出演しているし、声でしか聴いたことのなかった Meryl Streep の演技も見ることができた。私はこの人は歌手だと思っていたが、大女優だったんだ。

この映画が日本で公開されてから12年経ち、世界は大分変わった。この番組の創始者で脚本家で、ホストである Garrison Keillor が2016年に若いマンドリン奏者に番組を引き継いで引退した。その後番組のテイストが変わったので、私はこの番組を聴かなくなったが、後で知ったが翌年セクハラのスキャンダルで、放映した放送会社とも関係を断絶されたとのことだ。映画の中で、出演者の中の4人姉妹の一人が低血糖で気分がおかしくなり、たった59セントのドーナツ代を払い忘れて逮捕された下りが出て来る。 Keillor 自身のスキャンダルでも双方に言い分はあるのだろうが、 Keillor 自身は相手を励ますためにたまたま手が触れた、と言うことを言っているようだ。この場面が符合して、何となく複雑な気分になる。

この映画のラストシーンで、放送局と劇場はテキサスの実業家に売却され、拠点を失った主要メンバが数年後にまた劇場前の小さなレストランで再起の相談をしている所に「天使」が現れ、メンバが微妙な表情をしているのが、この映画の後味をミステリアスなものにしている。この物語の軸はいくつも絡み合っていて、いちいち挙げてもきりがないが、一つ挙げるとすると”死”があると思う。本物のラジオ番組では出てこない「天使」が、「神の導きによって天に召しに」地上に降り立ち、出演者の一人の老人「チャック」を天国に送り出す。その死を発見した愛人に対して、「旅立っただけ」「老人の死は悲劇じゃない」「彼の欠点を許し、愛と優しさに感謝するのよ」と言わせている。監督はこの年2006年11月に亡くなっている。アルトマン監督は自分の死期を悟っていたのではないか、と言うような忖度もしたくなってくる。このDVDには、おまけとして監督とGuy Noir役の Kevin Kline の対談によるオーディオ解説が入っているが、最後のシーンで天使がGarrison、Guyを含む4人の元に現れた時、 Kline はGuyを迎えに来たのだと語り、監督はそうだ、そしてこれはGuyの夢の中の物語だった、Guyは夢から覚めてまた仕事に出かけるのだと述べているが、私はこの見方には与しない。そうだとすると予定調和的な結末となり、物語の奥行きが狭くなる。監督がそのように意図していたとは思わない。あの場面で4人に、しっかり天使が見えていたかどうか、私はGarrisonの視線が定まっていないことが気になる。 Garrisonが最初に気配に気が付いてそれが何かを見極めようとしている。召されに来た本人には、天使の姿が見えないのではないか。何故そう思うかと言うと、天使が前述の「チャック」が舞台袖で出番を待っている時に彼の肩に手を置いた時、本人はそれに気づいていない。ただし、その後、少し体調が悪そうな仕草をして舞台を務めて自分の控室に戻り、蝋燭を点け、レコードを回してベッドに横たわるという場面を見て、老人は何とはなく自分の死期を悟ったのではないかと思うからだ。私にはGarrisonを迎えに来たように思える。 従って、Garrison、そしてチャックが監督自分自身なのだと。

この映画の基調は、中西部の人達のメンタリティーにあると思う。これを伺わせるセリフが耳に残っている(済みません、見栄を張りました、字幕が目に残っている、です)ので、転載する

中西部の者達は災いは無視すれば消えると考えている
(Guy Noir)

我々は暗い大地の暗い人間なのです
事態は悪くなると信じ、悪くなるのを待ってる (*)
人生は苦闘だと教えられて育ちました
幸せになったら、不幸になるまで耐えるのです
中西部の人間は自分の終わりを悠々として受け入れる傾向がある
(以上Garrison)

アメリカ西海岸風の考え方と何と違うことか。因みに、(*)のフレーズに通ずるものがMurphyの法則にもある。

Things go right so they can go wrong.

最後に、私は最近写真教室に通って、構図と言うものを学び始めたところなので、映像の作り方のうまさに感心する。例えば、楽屋の中で、鏡を多用して、登場人物を一つのフレームでいくつものアングルから見せる手法、天使の背景にあった天井の照明器具を天使の輪のように重ねて見せて、天使が去ると同時に電球が切れるような演出。一つのシーンで前景と背景で別々の事象が同時進行している様等。一度見ただけでは気づかないことが多い。

P.S.
10年前の投稿で、「 Tim Russell, Sue Scott, Tom Keith, Fred Newmanの役が入っていないのは寂しい。 」と書いた。このDVDを見て 、Fred Newman以外は出演しているのを見て安心した。

2019/07/20
んねぞう

太宰の「佐渡」について

前稿の佐渡旅行記の冒頭、「私は太宰程の感受性はないにしろ、死にたくはないがその淋しさというものを体験してみようと思う。」と書いた。実は、その太宰の言う淋しさとは何かについて理解が不十分なままであった。旅から帰って、作品を読み返しつつ、考えたのが本稿である。読んでいただける場合は下の「Read the rest of this entry」を押して下さい

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