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眠れぬ夜に

正確に言うと眠れないのではなく、眠りが浅く夜中に何度か目覚めてしまう。目が覚めたときは無理をせず、スマートフォンやタブレットを見て、いつの間にか寝ている、と言うことを繰り返す。そういう時には、宇宙論とか、これに関連する数学、物理の掲示板や記事を読む。いずれも到底私の入ってゆくことのできない、深い世界を伺うことのできるものだ。書いてあることを理解することや、関連項目をWebで調べるということもしない。わからないことはわからないなりにそのまま目で追って行く。そうしているうちに眠気が再び訪れて、次また目が覚めるまでは寝ていられる、ということを繰り返している。

これはよく言われる、難しい本を読んでいると眠くなる、という現象なのだろうが、わからないながら読んでいるうちに、宇宙論についての現在の進展状況などが時折頭に残っていたりしている。また、数理物理と宇宙論の関係についても、なんとなくイメージがつかめてきたりする。今の宇宙論や量子力学は、観測や実験と数学的な演繹が両輪となって進んできているが、時には数学的な議論が先行して未知の現象が予言され、それを観測が後追いしてノーベル賞もの(最近はブラックホールやヒッグス粒子)になったりしているが、逆に数学がはるか先に行ってしまい、もはや観測や検証のしようのないモデルがあるようにも思える。例えば、超弦理論のように、場の実現に人類の生み出せる以上のエネルギーを要したり、それでなくても11次元空間の存在など、もはや人間の物理的直観を超えてしまっているモデルが編み出されている。また、宇宙の起源を探るのに必要な力や質量のバランスを考えるのに、どうしても足りないものをダークエネルギーとかダークマターとか名付けて、実態はまだわかっていないのにその存在を仮定して議論を進め、そのダーク何とかの追及は別に進めているというような、直接観測できないものについての挑戦もあるようだ。

宇宙の起源はどうなっているのだろうか…ビッグバン、インフレーション、ふむふむ、そしたらその前は?とか、宇宙の大きさは…人類にとって観測可能な宇宙というものはあるが、その先はどうなの?とか、本当に優秀な頭脳がしのぎを削って探求しているテーマだが、私のようなボンクラにとっては「ロマン」と言う便利な言葉が用意されている。私は、学校では機械工学の専攻だったが、この学問が拠って立つのは「保存則」である。例えば、質量、エネルギー、運動量等。私が大学に入学したときに電気・電子系の学科を選択しなかった理由は 、それらが不可視だったからだ。回路の中をどれだけの電流、電子が流れるか、その保存則を直観できなかったせいだ(せいぜいキルヒホッフの法則まで、それも交流はダメ)。ここらへんがまたボンクラ程度を表すものだが、それは措いておいてだ、仕事を離れて、こういう無から何かが生まれたとか、一見理屈の通らない話を聞くのは面白い。無に見えているのだが、実はこういうことなのだよと教えられた時にへー、と感心するのも楽しい。例えば、昨日Youtubeで見たシュレディンガーの波動方程式の授業(もう授業と言って良いレベルだった)で、粒子の持つエネルギーレベルが周囲のこれより高いエネルギー障壁に囲まれていても、確率的にこれを飛び越えることは可能である、ということを波動方程式を展開しながら鮮やかに説明しているのを見て、わからないながらほー、へーと引き込まれていた。これをべたな例えでいうと、壁を通り抜けることができる、ということだ。ただし、マクロレベルで見るとこの確率は極々小さいので実現することは期待できないそうだが、こんな話をして周囲を煙に巻くことくらいはできそうだ。

ハッブル宇宙望遠鏡によって発見された星雲

↑嘘です、私が夜近所で撮った月と雲です

ここで話の急ハンドルを切らせてもらう。先日私の属する文芸同人誌ができた。同人の作品の感想を書く段になって、今回の主要な作品の一つについて、その構造が難解なので頭を捻った。物語を描写している「主体」が、主人公なのか、いや主人公ではないのは、最初は明らかなのだが、だとしたらはそれは誰、というか何?、生物or無生物? 物質的存在or霊的存在? という難解さから始まって、最後の方がまた不可思議な変容を遂げて、不可思議なまま終わるという流れになっている。これを読みながら、実は私は上のような宇宙論の在り方を考えるのに通じた感覚を覚えていた。文章の表面上に現れる記述をそのままなぞっていたのでは解き明かせない物語の実相は、実はこの紙面の属する多次元世界と繋がっていて、作者はそれを何とか2次元の紙上で表現しようとして苦心して、読者もそれ相応の素養を要求されているのだ、と。ただしここには数学的な素養等は必要なく、ただただ読み手の自由な想像力に委ねられているのだ、たまたま私は宇宙論等というがちがちの科学とロマンの詰め込まれた話を睡眠学習したおかげでこのような見方に至った、と。

実は明日同人の合評会が予定されているので、この話を披歴しようと、今書いて思った。

そうだ、文芸同人誌「澪」17号が発売されています。この記事を読んで興味を持たれた方は是非下記リンクより購入を!

文芸同人誌「澪」

2021/05/03
んねぞう


文芸同人誌 「澪」 合評会

私が所属している文芸同人誌「澪」の第16号が9月に発行されたのを受け、その合評会が昨日開催され、出席した。私は前号の15号の時から加入したのだが、この時は新型コロナウィルスのパンデミックの真っ最中で中止され、Mailの交換のみに留まっていたので、今回が初めての参加となる。事前に写真教室の師でもある編集長から開催について打診があり、自分や人の作品について、論評するということは一方通行ではあり得ず、インタラクティブであるべきだと思っていたので、私は一も二もなく賛成した口である。編集長の先生には場所の確保に加えて感染予防対策に大変な気を遣って戴き、恐縮している

私は新参者で、文芸活動の経験も浅いので、さぞかし辛辣な批評が出るだろうと、何を言われても良い覚悟を決めて、かつ翌日ショックで寝込んでしまっても良いように会社の休暇を取って臨んだ

4時間近くに及ぶ合評会で、他の同人についての批評、というか私の場合は感想を披瀝し、自作についての思いを話し、そして批評、アドバイスを頂き、非常に充実した、有意義な時間だった。自分の写真と文章の間合いについてのアドバイスを頂き、① 16号の文体を維持し、写真についてはもっと抽象性を帯びたものにしてフォトポエムという体裁にするか、② 15号の路線を継承して、紀行文スタイルとして、文と写真をある程度沿わせる形で、場合によっては少し外した部分を作るかという方向性を見つけることができた。また、写真の作法についても、構図と文のマッチングについて、またまた目から鱗のアドバイスを頂いた。自分の方向、位置づけについては皆さんから承認を頂けたようだが、作風が定まるまで、まだまだ試行錯誤が続くと思う

皆さん、非常に建設的に、優しくアドバイスをして下さり、お蔭様で今日はふて寝することなく、こうしてBlogを綴ることができている、という訳です

私が加入しているからと言って、素人ばかりの集まりだと思ってもらっては困ります。中には全国区の文学賞を狙えるようなレベルの作品を書く人もいるので、うん、ボクもこの文学賞を受賞した人と同じ同人誌の同人なんだけどね、とか、いつか小鼻をひくつかせて自慢できるような日が来るのではと、密かに思い始めています

今、澪では新たに同人を募っているので、興味のある方は「澪」のBlogから編集長に連絡を頂ければと思います

2020/10/26
んねぞう

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10 2020