豪雨の後-July 2022

在宅勤務での仕事を今日は早仕舞いして、雨続きの週末、よく行く川沿いの自転車道を歩いた。当然雨降りでロードバイクで走り抜ける人はおらず、地元の人がたまにママチャリで走り去るか犬の散歩で歩いている人がちらほら

今、私の所属している写真教室は、一時的に私より上級クラスの人と一緒に授業を受けているが、先生は「良いですか、皆さん、皆さん方のようなレベルになったら、写真は晴れているときばかりに撮るいうものではないですからね」ということをしきりに言われている。これは私レベルの人に対しての事ではないにしろ、この点だけは人よりも実践していると自負できる

いつになく増水した川だが、轟轟とした音もなく、Massを感じさせる水塊がただ静かに流れて行くので、却ってそのエネルギーを想像させて、凄さを感じる

雨にそぼ濡れてうなだれる草花、葉に危うく留まり、そしてこぼれ落ちて行く水滴、そのようなウェットな風景が、私は好きだ

最近、写真教室で7月に開催する写真展に出品する写真の合評会が続いている。私は別クラスの上級者の間に混ぜてもらっている形なので、他の人たちの撮る写真は、明確なメッセージ性があり、私のようなものとは段違いである。合評会であるからして、私も人の撮った写真に対して何か言わなくてはならない。すべて賛辞にするとわざとらしく見えるので、写真から受ける印象みたいなことを言うのだが、そういう自分の中で別の自分が、「ほう、それで、お前の写真はそうなっているのかね、へー、そうなんだ、ほ、ほう。でも俺は知ってるぜ。自分にできもしないくせに、良く言うよな」と言う。

結局私は、他の上級者の方々の撮るような、目の覚めるような美しい景色や、微笑ましい光景、得難い一瞬、造形の美しさではなく、増してやコンテストで入賞するようなものでもなく、自分の心象風景に合致した写真を撮り続けて行くしかないと思う。誰に認めてもらえるでもない写真を撮る中で、その写真が、できれば独り善がりにならないような手法、技法を身に着けるようにするのが、私が写真教室に通う意味なのだ、と思うようになっている。ここに載せたような写真をメンバに見せても、「それで?」ということになるだろう。これからあまりそのような写真ばかり撮って出していると、そのうち何か言われるようなことになるかも知れない

2022/07/15
んねぞう

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