飽きもせずマトゥラ3回目のブラブラ
旧市街の入り口で車を降りて歩き出す
前回撮影した仕立屋と再会。井戸端のメンバは一人代わっている
ヤムナ川の畔に出た。ガートだ。人々が川の水を頭に振り掛けている。
近寄ってきた船に人が乗り込んで、岸辺を離れる
ガートに残った人たち。この後撮影するなという仕草をされたので、ここでは撮影なし
路地裏で。と言ってもここは全域路地裏
狭い路地に西日が差す
前回撮影した人物が同じ場所にいる。やはりこの人は物乞いの色が濃い
この家の中から祈りの声が聞こえていた
今回は特別な経験をした。路地を歩いていると、頼みもしないのに人が付いて来ていろいろ話かける。ここに入れ、と言って寺院の中を案内してくれようとしている。最初は好意で言ってくれるのかと思っていたら、どうもそうではなく、チップ目当てのようだ。案内してくれた小さな寺院に入ったら、その中に座っている老人は100歳の長寿の人だということで、100ルピーを喜捨した。あとで別れ際になって突然怒って何か言い出すので、運転手に聞いたら、チップをよこせと言っているとのこと。ははーん、と思い、しばらく知らんぷりをして歩いていたが、なかなかしつこく大声で何か言いながら付いてくる。こういう、声高にチップをせがむ輩には、却ってやる気がなくなってくるのが私の人物の小さい所だが、30ルピーを渡したら、ぶつぶつ言いながら去って行った。その怒った様子を連写して写真に撮っておけば良かったと後になって思う。私の緩い写真の中では結構パンチのある絵になったかも知れない。
マトゥラは聖なる街として、人びとは清廉な生活をしているとなんとなく思い込んでいたが、実は聖も俗も共存している街だったということか。と言うよりヒンズー教の物語そのものが聖俗併せ持ったものだから、と言うのが正しいのかも知れない。行者に見えた人は実は物乞い、と言うか両者の間に境界はなく、行を行うものは、物乞いもする、周りはそれを蔑むわけではなく、喜捨で助ける、と言うことか。3回の訪問で、ここまでは考えが進んだ。
んねぞう