綾滝 – Oct. 2017

東京都で島嶼部を除けば唯一の村と言われる桧原村の綾滝を訪れた。

武蔵五日市の駅からバスに乗り、滝への登山道の一番近くのバス停で下車、都道から逸れて坂道を登り出す。近くには払沢の滝があるが、今回はパス。最近体力が衰えているので、払沢の滝まで行って、その後が続かなくなるのを心配してのこと。また、それよりも人の少ない天狗滝、綾滝の方が私の気分に合っている。(因みに今回登山道入り口に戻って来るまで、誰とも遭わなかった)

昨日までの雨の名残で、道端に生えている名もない草の葉も瑞々しく光っている。 そのおかけでアスファルトの道も苔で、山道も濡れ落ち葉で滑りやすくなっている。山道に露出している岩や沢の石の表面も滑りやすくなっているので転ばないよう注意しながら歩く

歩くこと20分、まずは子天狗の滝。本当はもっと近付きたかったが、岩場が滑りやすく、ここまでで断念

ここから5分、天狗滝。子天狗滝と比べると落差が大きく、男性的だ。滝からの飛沫と涼しい風が最も強い。夏に来ると、少し寒い位だ。近くの岩に腰を掛けて休憩。水量も多く感じられるが、同じ滝のすぐ上流の滝が水量が多いのは理屈に合わないので…

滝口を仰ぐ。1/350のシャッタースピードで飛沫が止まってくれたこれから15分位、喘ぎ喘ぎ坂道を登る。沢を2~3回徒渉(といっても大したことはないが)して沢の音を右、左に聞きながらゆっくり上る

それほど長く歩いていないのだが、大汗をかいた後、ようやく綾滝が見えて来た

ここまで子天狗、天狗の滝、綾滝と辿って来たが、その中ではこの綾滝が一番たおやかで女性的な滝のように思える。滝の途中の傾斜が他の滝よりなだらかで、水の流れを目で追っていると、落ちると言うより、滝の斜面を滑るようにして、水が層になって下の水を追い越し、また次の層に追い越されると言うことを繰り返しており、見ていて飽きない。この様子を昔の人たちは「綾」と形容したのだろうか。

広角ズームレンズを広角側(17mm)にして、シャッタースピード1/8秒(手振れ補正なし)、これが私の限界。本当は三脚があれば良いのだが、今日は天気が心配だったので、カメラバッグの三脚ホルダーに折り畳み傘を付けて来た。これ以上の荷物は、久しぶりに坂道を歩く私には無理なのだ

滝の流れが緩やかなため滝壺もこぢんまりしてほとんど抉られておらず、容易に近づける。近くの崖に生えている植物たちも、乾く暇もなく崖から滴り落ちて来る水滴に濡れるがままの瑞々しい光景にほっとする

ここで1時間ほど、写真を撮ったり、持ってきた缶コーヒーを飲んだりして過ごす。そういえば道端にゴミが落ちているのを一度も見なかった。始終手入れをしてくれている人がいること、訪れる人が少ないこと、そして訪れる人たちはマナーを弁えた人達であろうと想像。私も空き缶は持ち帰ったことは言うまでもない。

先述したように滝壺は平らで、滝を背にした舞台のようになっている。周りの崖と濃密な緑、曇り空の下、程よく回った光と影等、ワーグナーの楽劇の舞台にでもなりそうな雰囲気だ

天狗滝までは携帯電話の電波が届いており、奥さんに「いまここ」写真をiPhoneで撮って送っていたが、綾滝では圏外である。ここで雑念を払ってぼーっとしていたいところだが、登山道の入り口近くで「平成28年にツキノワグマを確認、注意」と言う看板を見てからと言うもの、熊の出現が怖くて奥さんに「滝の修行ですか(笑)」と言われてもそれどころではなく、そわそわする。

それでも1時間、滝の傍に居させて頂いて、重い腰を上げて山道を下る。熊除けには人工的な音を出すと良いということをテレビの登山番組で言っていたので、時々缶コーヒーの空き缶を露出している岩肌にぶつけて音を出したりして下る。太腿の筋肉痛や脛、脹脛(むこうずね)の筋が攣りそうになったのに気を取られてスッテン、沢の向こうの斜面の落石の音に、熊かと気を取られてスッテン、手や肘を泥だらけにしながらやっと下山。転んだ時は咄嗟にカメラを庇う動作をしたが、ボディの底面に僅かに塗装が剥げる位の細かい傷をつけてしまった。動作に全く問題ないが、このようなことは初めてだ。また、ジャケットの肘に穴をあけてしまい、これから奥さんにごめんなさいをする予定。

滝の修行はこういうことでできなかったので、帰宅途中に居酒屋で一人反省会を開催して、反省した

2017/10/07

んねぞう